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第五十九話 山の怪奇

 私の趣味は渓流釣りなので、山間での釣りを通して体験したエピソードを度々書かせていただいているが、先々月の57話「丑の刻参り?」に引き続き、今回も山の怪奇な話をしてみたい。

 私にはかねてより目をつけていた小さくマイナーな渓流に、ヤマメの稚魚を自主放流して自分だけの「隠し谷」を仕立てようという、ささやかな野望があった。
 今年3月中旬、ずっと目を付けていたその予定地へと、1人で四駆を駆って下見に向かった。ところが、現地に到着するとなぜか気が進まない。それでも稚魚放流に良さそうないくつかのポイントを廻っていると、なんとなく山や谷が私を拒絶しているような気がしてきた。気のせいか車のエンジンの音も、森の鳥のさえずりも、谷の流れの音も全てが消え、心の中に一つの音が響いた。それは「お前は来るな」という声であった。これ以上進めば何かが起こる!直感的にそう感じた私は、すかさず車をUターンさせ、その山を降りた。
 実は、私が素早く下山を決断したのには、ある体験談と深い関係がある。その体験談とは、まことに奇っ怪な話である。

 30年ほど昔、東京で仕事をしていた私は友人と2人、南アルプスの渓流に釣行した。入渓地点に到着したら、釣り支度を終えた者から入渓する。その日は私が先に谷を降りた。そこは晴天の下、急傾斜の谷を流れ下る激しい水の音に圧倒されそうな川の源流である。私は1投目のポイントを探していた。すると、何だか変だ。魚の居そうなポイントのどれもが、水面の光の乱反射でギラギラしていて仕掛けが投入できない。偏光サングラスも全く役に立たない、こんな現象は初めてである。茫然としながらも友人を待っていると、今度は重なり合った目の前の大岩が、動いてもいないのに「ゴトリ、ゴトリ」と不気味な音を立て始めた。やがてその音は、横の岩、後ろの岩へと伝わって行き、私は乱反射の光と四方の大岩の音に包まれた。これは、釣りをするなと言う何かの知らせか?友人はまだ来ない。その刹那、(絶対に叫んでも聞こえない環境の下で)私の心に確かな友人の声が聞こえた。「彼に何かが起きた!」そう確信した私は、踵(きびす)を返して大岩を飛び越え、山の斜面を駆け上がり、必死で車へと戻った。そして私がそこに見たものは何と、刈り取られたばかりの細く鋭い竹を踏み抜き、左足を血まみれにしてもがき苦しむ友人の姿。彼は靴から長靴へ履き替えようとして思わずバランスを崩し、100kg 近い全体重を靴下1枚の左足に乗せて竹を踏み込んだという。竹は土踏まずの奥深くまで達していた。その後は当然釣りどころではなく、彼を里の病院に担ぎ込んだことは言うまでもない。
 山は不思議な事象に溢れている。山は魔界という人もいれば、山には神が宿るという人もいる。
いずれにせよ山は、人間に豊かな恵みを与える優しさを持つ一方、人間を一切寄せつけない、殺してしまうことさえある厳しさを併せ持つ異世界である。
 私が経験したこの2つの出来事は、山の持つどちらの顔を垣間見たのであろうか。その判断は読者諸氏にお任せしたい。