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第百十八話 幻の脚本⑦

前号からの続き

 するとその刹那、聞き慣れた鈍い音がしたと思いきや、戸板をしっかり掴んでいた男の手は突然、ジャンケンのパーの形で大きく開いたまま震えだした。さらに鈍い音が続くと、そのパーの震える手はヘナヘナとしおれながら、隙間から消えていった。そしてうめき声。やがて遠ざかる奇声と共に男の気配が消えた。昇が戻ったのだ。光は飛び出し、昇に抱きついた。昇も嘉子も服は裂け、敗残兵のような姿になっていた。
*(光)『このときの父ちゃんは金剛力士像ではなく、破れた福助のシャツを着たスーパーマンでした。

8 嵐のあと

 翌朝、台風一過の秋空は青く澄みわたり、遠い背振山の色づきはじめた木々までも近くに見える。
 昇は朝から屋台の修理に余念がない。嘉子も修理の手伝いで忙しい。きなこはいつもの子守奉公の姿で次男を背負い、屋台の復旧作業を眺めている。
 そこへ山村秀一が自転車でやってきた。山村の職業は大工である。山村は屋台を見回しながら言った。「またハデにやられたねぇ。ほら、現場で余った板切れ。」「すまんねヤマちゃん」山村は一抱えもある板切れを荷台から降ろしながら続けた。「ハデにやられたといえば、のぼっちゃん、アンタにいつもハデにやられとる男がおるやろ」「ああ、きなこに付きまとう変態チンピラか?」「そう、その男のことやけど・・・ちょっとよかね?」
 山村は後ろを振り返って人を呼んだ。「おーい」すると板塀の陰から、恐るおそる例のチンピラが現れた。顔には殴られた青あざがまだ新しい。昇は瞬時に反応した。「貴様!まだ懲りんか!」
 山村は昇を制しながら言った。「ちょっと待ってん、のぼっちゃん。まず俺の話ば聞いちゃってん。
 さっき工事現場で、台風に吹き飛ばされた弾丸ラーメンの話ばしながら、この板切れをまとめよったと。そこにたまたまこの兄ちゃんが通りかかって、俺に話しかけて来たったい」男は昇をチラチラ見ながら緊張している。山村は促した。「あとは兄ちゃんが自分で話ばせんね」山村は自転車に跨り、仕事に戻った。

 長屋の中、男はおどおどしながら話しはじめた。「お、俺、櫛野といいます。くしたん
「串の団子?」昇は笑ったが、櫛野は意を決したように言った。「きなこの兄です」
 昇と嘉子は顔を見合わせた。そして同時に後ろのきなこに振り返った。
 ジロキチは竹の籠をせわしくかじっている。正座した櫛野の膝元には、口の欠けた湯飲みの茶が置かれている。「きなちゃんには家族はおらんって聞いとったばってん」 嘉子は次男に哺乳びんの乳を与えながら、櫛野に訊いた。「はい、俺と2人兄妹です。ばってん、このとおりドマグレの兄貴やけん、おらんも同然です」 きなこは嘉子の横でうつむいている。

 「きなこの本当の名は〈美奈子みなこ〉ち、いいます。俺が端午の節句に生まれたけん。こんな名がつけられて、そんうちアダ名がダンゴになって、団子の妹やからキナコっち、周りから呼ばれるごとなりました」「そうね」嘉子は櫛野の話にうなずきながら、昇を睨んだ。「アンタ、こん兄ちゃんはチカンじゃなかやんね。そればアンタは勝手に決めつけて、会う度にデヤして(なぐって)!」

 昇は気まずい顔で櫛野に言った。「そりゃスマンやったの」
 昇は人に頭を下げるのが苦手だ。この空気から逃げるようにせき払いしながら質問した。「オホン、で、ダンゴ、お前らの父ちゃん母ちゃんは?」。
 「はい、オヤジは兵隊にとられたまま帰って来んやったです。母ちゃんは・・・」

次号へ続く

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