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第百十七話 幻の脚本⑥

前号からの続き

 映画「ラーメン侍」幻の脚本シリーズ第6弾、今回は映画には描かれていないシーンをお届けしたい。

~シーン6は割愛~

7 台風の夜

 長屋の仕込み場。風が強く、窓の外の木が揺れている。窓からは笛ののような隙間風が鳴っている。昇はいつものように肉の糸巻きをしている。傍らで嘉子は次男に乳を飲ませている。光ときなこは仲良く黒板に向かっていて、きなこが色々な絵を描き、光は感心しながら板面を見つめている。
 怪獣シールが貼られた柱にぶら下がったトランジスタ・ラジオからはニュースが流れている。
 「・・・これで東京オリンピックにおける日本のメダルは金16、銀5、銅8となりました。続きまして台風情報、台風11号は本日13時現在、鹿児島県枕崎付近に上陸したもよう。中心付近の気圧は965ミリバール最大瞬間風速は50メートル・・・」
 嘉子はあきれ顔で昇に言った。
 「アンタ何ば考えとると?夜にゃ台風直撃ばい。今日は誰も屋台は出さんよ」
 「ばかたれ、それが軟弱モンの商売人たい。俺は人が休んどるときに仕事する。台風ば味方にするったい。それが俺の商道たい」

その夜〈弾丸ラーメン〉の屋台は暴風の中、モンローのスカートのごとく、幌が屋根まで吹き上げられていた。歩道には、他の屋台どころか人ひとり歩いていない。吹き飛ばされた映画の看板〈嵐を呼ぶ男〉が歩道を転がって行く。前の街路樹が、大きな音と共に屋台の真横になぎ倒された。
 昇と嘉子は丼や羽釜の蓋が飛ばされないように、体を覆い被せている。文字通り〈屋台骨〉が風でガタガタと軋んでいる。嘉子が叫んだ。
 「これがアンタの商道ね?台風は商売の敵やんね!」
 昇は黙って羽釜に抱きついている。風は一段と強さを増した。停電のため、唯一の明かりであるカーバイドの炎がいまにも吹き消されそうだ。

 一方、光ときなこは、今にも倒壊しそうな長屋の中で肩を寄せ合って震えている。ネズミのジロキチも巣に潜り込んで姿が見えない。雨戸が激しい音をたてている。部屋の中央に置かれたロウソクの炎が、隙間風に気ぜわしく揺れている。すると雨戸の音の中に、ガラス扉を叩く音が混ざっている。よく聞くと、人が叩いているようだ。
 「父ちゃんたちが返ってきた!」
 光は上がりがまちを駈け降り、引き戸のネジ鍵を回しながら、雨に濡れたガラス越しに外を見た。ところがそこに立っていたのは、昇たちではなく、例のチンピラだった。ずぶ濡れの凄い形相でこっちを睨んでいる。光は慌ててネジ鍵を戻し、部屋に逃げ込んだ。駆け寄る光を見てきなこも事態を把握した。2人は抱き合って震えた。外の男は扉を叩きながら叫んでいる。「きなこ〜きなこ〜」
 光はつぶやいた。「父ちゃん助けて・・・」

 屋台はついに、幌と共に屋根が吹き飛んだ。万事休すである。
 すると、なぜか風雨が突然止んだ。2人が空を見上げると、うそのように星が瞬いている。そしてどす黒い雲の壁が、遠くまちを取り囲んでいる。
 台風の目に入ったのだ。

 長屋では、突然静かになった状況のなかで、男がガラスを叩きながらきなこを呼ぶ声だけが聞こえる。業を煮やした男はついに、引き戸を外しにかかった。

~危うし光ときなこ!次号も乞うご期待。~

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