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第百九話 前世の記憶

 今月も冒頭から私の母の話で恐縮だが、ご容赦いただきたい。

 母には若干の「霊感」なるものがあったようだ。母はラーメン屋の仕事を終え、夜になって洗濯をしていた。洗濯物を干すのは私の部屋のくぐり戸から出たベランダである。干し終えた母が部屋に戻ってきたとき、たまに嫌な顔をしていることがあった。私が「どうしたと?」と訊ねると、死神が来たという。「背中がゾクゾクするけん分かる。今夜も来たバッテン、いつもんごつ、こっち来るな!どっか行け!と心に強く念じたら、どっか行った」と。また、時折こんな話もしていた。「ウチは前世を覚えとるとよ。」と。母曰く、子供のときから「前世の記憶」のようなものがあり、その歳になってもそれは頭から消えないらしい。私が面白がって、前世は何だったのか問うと、ニワトリだという。ヒヨコから親鳥になった途端に人間にころされて食べられたそうだ。母の言葉を借りると、「そんとき、しもたー。次は人間に生まれたかーち思うたバッテン、またニワトリやった。人間から首ばクリッちひねられて終わり。その後も何度生まれてもニワトリ。『人間から首ばクリッ』いつも『首ばクリッ』、しるしかったばーい。それでやっと人間に生まれてアンタば産んだったい。」それを聞いて私は思った。「ということは、俺の魂の先祖はニワトリかよ」と。母の名誉(?)のために、話を一つ加えると、ニワトリへの転生を繰り返す中で、一度だけどこかの国の「薄命のお姫様」に生まれたそうだ。ちなみに母に虚言癖はなかった。これを書いておかないと、草場の陰から叱られる恐れがある。

 この次点で、読者の中には、そんな非科学的な話はつまらんと思う方もおられるだろうが、ここはエンタメ感覚で楽しみながら次の話もお読みいただければ幸いである。

 それは私が若い頃に何かの本で読んだ、前世の記憶を持つ少年の話。もっともその本も手元に無く、記憶も断片的で正確性に欠けることを先ずお断りしておく。

 日本か外国かは失念したが、ある町に生まれた男の子が、言葉を覚え初めた頃から不思議なことを喋り始めた。それはどうも前世の話らしい。その子が少年になったころ、噂を聞きつけた研究者がやってきて、少年の前世と思われる話を全て記録し、それをもとに調査を実施した。少年の話の大まかな内容はこうである。〜少年は前世の命を終え、次へ転生するまでの間、ある村を魂の状態で浮遊していた。時にはその村の、ある一頭の牛としばし戯れたり、高い木の上から村を眺めたりしていた。その木はこのような形で、村のこのあたりに立っていた〜

 研究者は、少年のこれらの証言によって何とかその村を特定し、現地へ赴いた。すると果たせるかな、少年の証言通りの形をした高い木がその証言の場所に立っていた。また最も研究者を驚かせたのがそこの長老の話。昔、その村にはとても賢い一頭の牛がいて、それは神の牛として村人たちから崇められていたという。

 まあ、こんな話であった。当時、私は何気なくその本を読み流しただけであったが、今でもふとしたとき思い出す。

 話は脱線するが、十数年前、私が北海道の川でイトウを釣っていると、対岸の数十頭の乳牛が岸辺で横一列にキチンと並んで、草を食みもせず、釣りをする私たちをジッと見ていた。今思えば、その牛たちにもそれぞれ、釣り好き人間の魂が憑いていたのかもしれない。

 今回、この脱線話を無理くりオチにさせていただきたい。

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