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第百八話 記名癖

 私の母は若い頃から貧乏で苦労したせいか、モノへの執着が強かった。一軒のラーメン屋台が生業のころ、私たち親子が住んでいたのは、僅か六畳一間の雨漏りのする古い借家だった。親子三人が寝るのは二段ベッドひとつだけ。ある日の深夜、身重の母が上の段で寝ていると、足元の我が家で唯一の鳴り物である「トランジスタ ラジオ」がスーッと宙に浮き上がった。驚いた母がそのラジオをよく見ると、何やら天井裏から針金状のもので吊り上げられているらしい。母は思わず「ドロボー」と叫びながらラジオにしがみつくと、その泥棒は慌てて逃げていったという。翌日、私はその話を聞いて思った。「その泥棒はラッキーばい。オヤジが屋台に出とって。」と。
 それ以来、母は何を思ったのか、あらゆるモノに名前を書くようになった。ラジオはおろか、タンス、まな板、包丁、おぼん、化粧品の容器、タッパーに至るまで、それは多岐に及んでいた。私の小学校の修学旅行のときなど身につける全てのモノは当然、シャツやパンツにまで、呪文のようにびっしりと私のフルネームが書かれていた。まるで「耳なし芳一」である。入浴時、脱衣所の人目が恐怖であった。
 そんな母は九年前に八十二歳で亡くなったが、今思えば、いつも周りを笑わせてくれる本当に明るく楽しい人であった。

 先日、母の部屋で掃除をしていた家内が、笑いながら何かを持ってきた。それはボール紙を挟んだ、おびただしい数の洗濯バサミの束。四、五十個はあろうかその洗濯バサミの一つひとつ全てに、母のフルネームが書かれていた。
 ついでに言えば、銭形平次に憧れていたのか、穴の空いた五円玉(かつて穴の無い五円玉もあった)がことのほか好きだったようで、タンスの引き出しの奥に、一本のタコ糸を通された数百枚の五円玉を発見したが、その五円玉には何も書かれていなかった。さすがに貨幣に記名しなかったのは、母なりの矜持か。しかし、そのような五円玉を換金すべく銀行に持ち込んでも、金融機関への嫌がらせかテロである。

 没してもなお、笑わせてくれる母である。

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