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第百七話 木造校舎と大砲ラーメン(下)

 〜前号からの続き

 「この校舎を私に譲ってください!」突然ラーメン屋のオヤジの口から飛び出した荒唐無稽な言葉に、T氏は、いわゆる「タマガッタ」状態。かまわず私は続けた。
「もし頂けるなら、私はこの学校の古材でラーメン屋を造ります。そしたら、この子供たちも、卒業生も、かつての学舎(まなびや)にいつでも会いに来らるっでしょ。六年も通った小学校の、思い出の教室も、廊下も、黒板も、跡形もなく消えて無くなるとは・・・、そら可哀相か話ですたい!」
 今思えば、我ながら何と非常識なお願いだったことか。勝手に興奮しながら喋る私の言葉をじっと聞いていたT氏は、やがて一言。「わかりました。しかるべきところに相談してみます。私もここの卒業生です。そして、最後の在校生十三名の中には私の娘もいます。もしこの学校の一部が、どこかで息づいていてくれたら、この子供たちも、もちろん私たち卒業生も大変嬉しいことです。」意外な、しかし極めて有り難いT氏の言葉に感動し、本来の来訪目的(シナチクの原料・干し竹の子探し)をすっかり忘れてしまった私であった。

 それから二年の月日が流れ、大砲ラーメンには、木造校舎をコンセプトにした二つの店(小郡店・合川店)が誕生した。そう、あの日、突拍子もない提案に心を動かされたというT氏は早速、村長さんや村の教育長さん、その他の関係各位にその趣旨を説明し、お願いして廻られたそうだ。やがてその「飯干小の校舎の一部を、村外の民間ラーメン店に提供する」という前代未聞の案件が村議会に上程され、可決された。
 何と有り難いことだろう。私はこの村と飯干小学校に、心からの敬意と感謝の気持ちを込めて、その二店舗の門柱に「松崎分校」(小郡店)、「合川校舎」(合川店)という表札を掲げた。
 余談ながら、その松崎分校での出来事。
 ある日、そこに来店された一人のご高齢の女性が、何やら入り口付近でうずくまったまま、じっとしていた。何事かと心配した店長が駆け寄ってみると、その女性は入り口の壁に貼られた「ありし日の飯干小学校」の写真を見ながら涙を流されていたという。実はその人、飯干小学校のかつての校長先生ということであった。「まなびや」というものは、そこで学んだ子供だけでなく、そこで教えた先生にも、そして地域の人々にとっても、やはり心の故郷なのだ。

 その年の正月、矢部村の成人式に招いていただいた。私は会場へ向かう途中で、何気なく飯干小学校の跡地をたずねてみた。山道の通学路はあの日のままだったが、折からの雪に覆われて滑りやすくなった坂を登り詰め、ようやく辿り着いてみると、校舎のない運動場は、寒風の吹く雪原になっていた。誰もいない校庭跡に一人佇んでいると、風の音に混じって何処からか「こんにちわー」という、あの日の子供たちの声が聞こえる気がする。私は何ともいえない寂しい気持ちでそこを後にした。
 その日の成人式は、わずか十八名の新成人たちを、村人たちが優しく見守るようにして執り行われる心温まるものだった。その中に飯干小学校の卒業生が二名、とても元気に成人を迎えていた。

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