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第百十話 弁当の思い出

 映画「ラーメン侍」の全国公開から今年で早10年になる。当時、私は原作兼方言指導ということで全ての撮影に参加したが、今となっては懐かしい数々のシーンの中で、時を経ても忘れ得ない幾つかのシーンがある。今回その中の1つの元となった当時の私のコラムを、加筆・修正して紹介したい。

 ◆〜昭和末期のある時期、私はとある企業のサラリーマンであった。そこの私の上司というのがA係長という40過ぎの一風変わった人で、能力はあるのに仕事にそれを発揮しない。背も高く一見ダンディなのだが、頭の中は酒と女のことばかり。ある日のこと。A係長:「おい、かのかっちゃん(この人が勝手につけた私のあだ名)。今日の昼は何食おうかにゃー。」私:「まだ朝礼中ですよ。」A係長:「あそこのアレもうまそうやし、そこのコレも食いたかにゃー。」私:「部長がこっち見てますよ。」A係長:「そうやアレば食いに行こうや。」私:「私は今日は弁当です。」A係長:「フン、愛妻弁当?新婚さんはよかにゃー。」ここまではまだよかったのだが、次のセリフが決定的だった。A係長:「弁当やら、食ったフリして中身だけ捨てて帰れ。」 私は強烈にムッとした。私:「Aさんは奥さんが作った弁当を、そんなことできますか?」A係長:「俺はいつもそうしよる。女房は空の弁当箱見て安心する。それが思いやりやろ?」私:「思いやり?それは奥さんをダマしてるだけやなかですか!毎晩飲み屋の姉ちゃんとのバカ騒ぎで遅く帰って、翌朝いつまでも寝ているAさんのために、奥さんは早起きして弁当を懸命に作っとるんでしょう!その弁当をよく捨てられますね!捨てるとき奥さんの姿が目に浮かばんとですか!」A係長:「若僧が何を言うか、お前はまだ人生がわかっとらん!」 私:「Aさんは人の道がわかっとらん!」

 互いに興奮して怒鳴り合う2人は、ついに部長に呼び出されてしまった。部長に叱られながらもA係長は、今夜の飲み相手のお姉ちゃんのことでも考えているのだろう、カエルの面に水、ケロリ、ケロケロとしている。私は私で、弁当にまつわるある思い出がよみがえっていた。

 私はその数年前、オヤジの反対を押し切って、なかば家出同然で上京した。その旅立ちの日、私が挨拶してもオヤジは知らぬ顔でラーメンを作っていた。母は忙しい店とオヤジの目を気にして、息子の見送りもできないようだ。仕方なく出発しようとすると、慌てて母が駆け寄ってきて、小さくたたんだ1万円と弁当を私に渡した。淋しそうに見送る母の姿に後ろ髪を引かれながら、私は東京行きの夜行列車に飛び乗った。車窓を流れ去る故郷の風景を眺めながら、何気なくその弁当を開くと、それは間違いなく母の弁当だった。砂糖多めの甘い卵焼きとピーマンの油炒め。私が中学・高校の6年間食べ続けた、その弁当だ。朝から晩までラーメン屋の仕事と、家事・育児、そして酔っぱらいオヤジの世話。仕事に追われ、疲れたら台所の床で仮眠しながら働き続ける母…。そんな母の姿がこの弁当の中に浮かんでは消え…、私は涙があふれた。そして私はその弁当に誓った。「お母さん、いつか必ず楽させてやるけんね」と。そんな弁当の想い出だ。

 私のその話をA係長は知る由もないはずが、何か伝わるものがあったらしく、その日A係長は奥さんの弁当をカエルの顔で食べていた。〜◆と、このようなコラムであったが、映画のこのシーン、今でも観るたびに思わず涙腺が緩んでしまう。

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