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第百三話 新聞配達

 私は小学生のとき、毎週日曜日、さらに夏・冬・春休みの時期は、全て親のラーメン店の手伝いをしていた。当時は「子供が親の商売を手伝うのは当たり前」ということで、当然のタダ働きであった。やがて6年生になった私には、とてもほしいものがあった。しかし、月イチのスズメの涙ほどの小遣いと、幼児の弟の子守り料・週1の50円では、到底買えるものではない。それは川の「ハヤ釣り竿」。すでに安物の竹製の継ぎ竿は持っていたが、そのころ流行り始めて「ガラス竿」と呼ばれていたグラスファイバー製の振出し竿、それが欲しくて仕方なかった。その価格は約3千円。そこで一計を案じてコレと思ったのが、当時小学生でもできるアルバイト「新聞配達」であった。さすがのオヤジも「厳しいシャバのヨカ経験」と思ったらしく、承諾。かくして私の「厳しいシャバの新聞配達」は始まった。

 それは夕刊のみの配達であったが、いま思えば忘れ難く、貴重な体験だった。仕事の流れを簡単にいうと、まず新聞販売店で、私に割り当てられた配達先140軒分の新聞に折込みチラシを入れる。次に平置きされた新聞の束を丸めて太い丸太状にする。それを自転車の荷台に置いて、細長く切られたタイヤのチューブでくくりつけてイザ出発。配達エリアは西鉄櫛原駅周辺である。新聞は丸太の中心部分から一部ずつ抜き取り、各家のポストや玄関扉のすき間に差し込んで行く。次第にやせ細ってゆく丸太は、しばしば括り直す。配達時間は約1時間半ほどであったろうか、季節は夏。炎天下の配達は辛かったが、毎日、配達途中に櫛原駅前の駄菓子屋で飲む、10円のミニコーラがとても美味かった。またある日、風邪を引いて38度の熱が出たが、学校を休んでも新聞配達は休まなかった。中でも強烈な出来事がある。カッパを着て雷雨の中を配達中、目の前に雷が落ちた。閃光と鼓膜が破れそうな轟音。驚きのあまり自転車は大転倒。私は一瞬気を失ったようだ。気がつくとビニールで包まれた新聞の丸太も路上に散乱し、雨に打たれていた。当然、販売店に戻って再配達である。

 そんなこんなで、ついに待ちに待った初の給料日がやってきた。生まれて初めてシャバで稼いだお金。私は、うやうやしく給料袋を戴いた。家に帰って開封すると3千円ちょっと入っていた。やったー、これであのガラス竿が買える!早速明日の放課後、これまた櫛原駅近くにある小さな釣り具屋で購入することにして、給料袋をランドセルにしまった。

 翌日、学校で「ワルガキだけど釣り好き」の友人に、放課後そのお金で釣り竿を買いに行く云々と、自慢げに語った。友人は羨ましがっていた。そして放課後、私は一目散で釣り具屋に駆け込んで、ランドセルを開いた。すると給料袋が無い。ひっくり返して中身を全て出しても、なぜか給料袋だけが無かった。1ヶ月間、風邪を引いた日も、落雷に遭っても頑張って働いたが、これで得意の「タダ働き」となって、欲しかった釣り竿の購入は来月へと持ちこされてしまった。

 数日後、例の釣り好きの友人が、教室で仲間を集め、大人でも買えないような、数本の高級な釣りの「浮き」を、自慢げに見せびらかしていた。

 翌月、私はようやく念願の釣り竿を買った(新聞配達は中学生になるまで続けた)。それは最愛の竿として長年、私が社会人になっても手元にあったが、引っ越しを繰り返すうちに、いつの間にか私のもとから消え去っていた。

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