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第百二話 バレンタインデー

 2月14日はバレンタインデー。その日に女性が男性へチョコレートを贈るという習慣は、日本だけらしい。そもそもバレンタインデーは、西暦269年2月14日、ローマ皇帝に処刑された司祭のウァレンティヌスに由来するという。従って、キリスト教の信者以外の日本人とは関係ない記念日である。また、翌月14日にチョコをくれた女性に返礼の菓子を贈るという「ホワイトデー」にいたっては、全くの日本オリジナルだ。その習慣が流行り始めた当初、その日は「マシュマロデー」と呼ばれていた。その発案者が、皆さまご存知、博多の老舗「石村萬盛堂」さんだという。いずれにしても、この両日の習慣が日本全国に定着したのが、1970年代、私が中学生の頃と記憶している。

 毎年バレンタインデーの日が近づくと、ある思い出がよみがえる。それは私が中学2年、思春期を迎えた頃のこと。その頃クラスに、私と仲良くしてくれる1人の女子がいた。とは言っても、グループで映画を観に行く程度で、個人的に付き合っている訳ではなかった。しかし、思春期に突入した私は、数日後のバレンタインデーが気になって仕方ない。その子は私にチョコをくれるだろうかと、ドキドキしていた。そしてバレンタインデー当日。彼女はと見ると、いつもと変わらぬ様子で、休み時間も昼休みも、普通に友人たちと過ごしている。とうとう放課後になった。クラスの友人たちは、それぞれ下校したり部活へ向かったりで、教室は閑散としてきた。私は本を読むフリをしながら、未練がましく教室に残り、彼女が近づいて来るのを待っていた。すると、「カツキく~ん」彼女が呼んだ。「ハイ!」と私が振り向くと、「じゃあね~また明日ね~」と言って教室を出て行った。愕然とした。そして、落胆と悲しみと共に、なぜかムカついてきた。理不尽な少年である。

 私は彼女を追いかけ、校門を出ようとしているところを呼び止めて言い放ってしまった。「なんで俺にくれんとや、チョコレート!」彼女は驚きのあまり、目を見開いたまま私を見つめている。そして、「ちょっとここで待っとって」と言って走り去った。数分後、彼女は駆け戻り、息を切らせながら1枚の板チョコを手渡してくれた。まるで恐喝である。誠に理不尽極まりない少年だ。近くの駄菓子屋で買ったであろう、その板チョコの箱の裏を見ると、「遅くなってごめんね」と、ブルーのインクで書かれていた。この私の行動、現代の男子は決して真似しないでほしい。まずカッコ悪い。男の風上にも置けない。これは古き良き50年も昔の時効話と思っていただければ幸いである。

 その後、私は贖罪の意味でも、そのコメントが書かれた板チョコを、開封もせず何年も机の奥に大切にしまっていた。20年も経たであろうある日、ふとそのチョコを思い出して、引き出しから取り出してみると、コメントの文字も、やや色あせながらも残っていた。思い切って箱を開けて銀紙に包まれたチョコを取り出すと、とても軽い。銀紙を開くと、そこにはわずかな茶色の粉以外、何も存在していなかった。蒸発したのか、不思議なことであった。

 それから更に月日が流れ、中学の同窓会で数十年ぶりに彼女とあった。昔と変わらず気さくに取り交わす会話の中で、私がそのバレンタインデーの話をしたら、彼女は、全く何も覚えていなかった。当日チョコレートを買いに行ったことも、その箱にコメントを書いたことも、一切。長年抱いてきた罪悪感が、少し晴れた気がした。

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