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第九十九話 ゼロ戦と牛車

 前回のコラム「盛り塩の話」で、盛り塩の習慣は、秦の始皇帝が乗っていた牛車、その牛に由来する云々と書いたが、今回もその牛車の話を少々。秦ははるか2300年も昔の時代だが、これから登場する牛車は、時代はぐっと下って、僅か80年ほど前の日米開戦直前の頃のこと。

 皆さんは「ゼロ戦」という戦闘機をご存知だろうか。正式には「零式艦上戦闘機」というが、この名機の存在は、ある程度年配の男性なら皆知っているだろう。また若い人は、宮崎駿監督のアニメ映画「風立ちぬ」で知ったという人も多いと思う。そう、その映画の(実在した)主人公「堀越二郎」という天才航空機設計者が世に送り出した、当時としては世界最高性能を誇った単座戦闘機である。しかもエンジンから機体を包むジュラルミンやリベットに至るまで、全てが国産であった。まさに近代における「モノづくりニッポン」の原点である。

 その、日本の持ち得る最高の科学技術の粋を集めたゼロ戦、実は地上を移動させる際、その運搬に使われていたのが、何と「牛車」であった。平安貴族でもあるまいが、これは事実である。三菱重工名古屋航空機製作所で作られたゼロ戦は、いくつかに分解されて2台の牛車に乗せられ、各務原飛行場までの48キロの道のりを24時間かけて運ばれていたのだ。トラックでは2時間、馬車では12時間で到着する距離であったが、なぜ1番のろい牛車なのか。当時の道路は現代と違い、郊外へ出ればほとんどが未舗装。トラックを使うとその悪路の振動で、精密機械の塊である機体を傷付けてしまう。馬車は、ちょっとした刺激で馬が暴走する恐れがある。そこで古式ゆかしき牛車の採用となったらしい。工場を出発するのは日が暮れてから。機密保持のために厳重にシートに包まれたゼロ戦をのせた牛車の脇には、4人の仲仕。牛の手綱をとる挽子は三菱のマークが描かれた提灯を手にしていたという。何という光景。未来を運ぶ古代。想像するだけで私はワクワクする。

 ゼロ戦を扱った映画はあまたあるが、その、機体運搬のシーンは1つもない。「永遠の0」の百田尚樹さん、もし続編を書かれるなら、是非、牛車の場面を加えていただきたい。

参考文献
零式戦闘機 吉村昭著 新潮文庫

 ◆お詫び◆
 先月の十月号は、急遽コラムを休ませていただいた。そのコラムのテーマは「少年時代の淡い性の芽生え」というべきものであったが、その表現が少々なまめかしく、不快と感じる読者もいるのでは、という社内の担当者からの意見があり、締め切り当日にやむなく入稿を取り下げる事態となった。言論の自由もままならぬこのご時世、私も不本意ながらその進言に従った。 

 そのような経緯で前回十月号の原稿は幻となってしまった。こんなコラムでも楽しみにしていただいている読者の皆さまには、ちょうど一年前の腸閉塞での緊急入院のとき同様、今年も大変迷惑をおかけしたことを深くお詫びしたい。

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