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第百十一話 もうひとつの熱風録(最終章)

 今でも母はよく言います。「アン人に白シャツ買うてやっても、一晩で赤シャツにしてしまいよったとばい」要はケンカ好きの父は、いつも殴り倒した相手の返り血を浴びて帰って来たということです。当時は敗戦の傷跡も癒えぬ復興期で、人々の心もまだ荒れていたのでしょう、腕っ節が強くなければ、小さな屋台などチンピラにひとたまりもなくひっくり返されてしまうような時代でした。父のケンカ強さも、ある意味必要だったのです。一方、父は屋台仲間の用心棒的存在でもありました。ところが母にしてみれば、そんな暴れん坊など、母が育ったのどかな村には1人もいませんでした。米俵を2俵も3俵も担げる大力のマッチョな叔父はいましたが、性格はとても温厚な人でした。そんなのんびりした環境で育った母ですから、父の傍若無人な暴れぶりが、それはそれは恐ろしかったそうです。ある雪の夜、酔狂を回して家中大暴れする父から逃げるために、母は小さな僕を抱いて外へ飛び出し、行くあてもなく、木の下でふるえながら雪の降る夜を明かしたという記憶が、いまでも僕に残っています。
 しかし人間は環境に順応する動物です。毎日を父に脅えながら暮らしていた母も次第に慣れ、肚も据わってきました。その頃は毎日夕方になると父が先に家を出て屋台を開き、母は子供(筆者)の世話をした後、送れて出勤(?)していたのですが、そんなある日、母はある情報を耳にしました。屋台に父1人しかいない時間帯に、毎日顔を出す飲み屋の若いお姉ちゃんがいるというのです。そのお姉ちゃんは父にぞっこんで、父もまんざら悪い気もしていないという・・・。それを聞いた母は当然穏やかではありません。数日後、母は意を決して早い時間に屋台に出向きました。暖簾をくぐってみると、やはり情報通り、そのお姉ちゃんがいました。父は母と目を合わせるなり顔面蒼白。その父の表情と、後ろに立っている母に気づいていないお姉ちゃんは、目をハート型にして父を見つめています。母は、たまたまそこに居合わせた知人に、抱いていた僕をヒョイと渡すと、いきなりお姉ちゃんの後ろ髪を掴み、外へ引きずり出しました。そして引きずったまま明治通りを渡り(当時は車はまばら)、西鉄バスセンターのベンチにお姉ちゃんを座らせ、その横にどっかと座った母は、お姉ちゃんをビシバシ小突きながら、思いっきり説教したそうです。その間、父はただ唖然。当然、その後そのお姉ちゃんは、2度と父の前には現れませんでした。この頃になると、母の度胸と肚の据わり方は、父のそれをすでに超えていたのかもしれません。
 さらに、その後大砲ラーメン最大の危機を救ったのも母でした。ある日、近所で火事が起きたとき、なぜか母は、父の枕を抱いて外へ飛び出し、父から失笑を買ったことがありましたが、実は、いざというときの為にと、母は父の枕の中に、父名義の預金通帳を忍び込ませていました。残高何と100万円(現在の価値では1,000万以上)。その後屋台の行政立ち退きが決まったときに、その預金のお陰で、立ち退き後も難なく小さな店舗を出すことができたのです。母のこの内助の功がなければ、現在の大砲ラーメンは存在していません。子供も旦那の有り金も、全てを持ち出して出て行く嫁の話をよく耳にする昨今、こんな話はもうただの昔語りになってしまったのでしょうか。去年喜寿の祝いを終え、現在78になる母ですが、きょうも〈ラーメン醤油〉作りに余念がありません。