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第八十五話 日本人の礼節

 剣道の世界に「打って反省、打たれて感謝」という言葉があるそうです。剣道の試合は瞬時に勝敗が決まります。そこで勝者はガッツポーズを取るわけでもなく、敗者は首をうなだれる訳でもなく、勝敗が決したとたん両者は向き合ったまま静かに竹刀を腰に収め、互いに頭を下げ静かに去ります。何と美しい所作でしょう、そこにあるのは「謙虚」と「感謝」のみ、そう、「打って反省、打たれて感謝」の心です。まさに「武士道」です。
 剣道以外でも「~道」と呼ばれる日本独自の修行の世界には、どれもその淵源に武士道精神が流れています。「~道」では技術の習得以前に「礼節」をたたき込まれます。僕は礼節とは、単にカタチ上の礼儀と節度ということではなく「謙虚と感謝の心が感じられるふるまい」のことだと思っています。どんなに優れた技でも、礼節を欠いていれば、それは技として認められません。相撲の取り組みでも、勝った力士がガッツポーズをとれば、その瞬間「負け」になるそうです。勝った力士が、土俵からころがり落ちた相手力士に手を差し伸べて起こしてあげる姿をよく見ます。土俵は神聖な場所です。そんな「神域」で、勝った力士は決して(どこかの若いボクサーみたいに)「どんなもんじゃい」などとは言いません。そこにはやはり厳格な礼節があります。
 「礼節」それは日本が世界に誇る精神文化です。ユネスコの世界遺産に「精神文化」というジャンルがあれば、当然登録されるべき美しい文化です。
 ところが最近この文化さえも、やがてこの日本から消え去ってしまうのでは?という危機感があります。最近聞いたことですが、小学生の子供に「給食代を払っているから“いただきます”は言わなくていい」という親が増えているとか・・・。この耳を疑いました。「カネは払ったのだから、学校は当然それに見合う給食を子供に提供する“義務”があり、子供はそれを食べる“権利”がある。ただそれだけのこと。そこで子供に“いただきます”を強制する“権利”は誰にもないし、子供はそれに従う“義務”はない」そういうことなのでしょうが、まさに「権利と義務」だけの世界です。そこには礼節どころか、謙虚も感謝も、思いやりのカケラもありません。この先、そんな親が増えてくるのでしょうか?以前、「授業の始まりにも終わりにも、生徒に“起立・礼”をさせない小学校」の話を書きましたが、まさに同質の話です。「勉強を教える側・習う側」「給食を提供する側・食べる側」その両者の間にあるのは「権利と義務」という“物質”のみ。“心”は微量も存在しません。一体、誰が何の目的でそのような国にしてしまおうとしているのか、僕には理解できません。
 でも、うちのラーメン屋に来てくれるお客さんは、“心”ある人ばかりです。もしかしたら、まだ間に合うかも・・・。