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第七十話 初代熱風録(中)

 そんな「三度の飯より酒とケンカが好き」という父でしたから、たまの休みに飲みに出ても、毎回ケンカで殴った相手の返り血を浴びた姿で帰宅していたそうです。母は「あん人に新品の白シャツを着せても、帰ってきた時にゃ赤シャツになっとる」と、いつも嘆いていました。幼児の僕にはオヤジの顔が、絵本で見た金剛力士像とダブってしまい、オヤジが黙っているときの顔は吽形(うんぎょう)像に、怒って叫ぶときは阿形(あぎょう)像に見えて仕方がありませんでした。
 ちょっと話はそれますが、オヤジの屋台は明治通りの佐賀銀行前にありました。その銀行の裏、明治道りに沿うように、古い街道の跡と言われる細い道があります。その道の傍らに、お地蔵さんが三つか四つ列んでいました(今では小さな石碑だけ)。そこは幕末の頃、数人の勤皇の志士が斬り殺された場所で、そのお地蔵さんは、志半ばで斃されたその志士たちを祀ったものでした。当時の僕にはそんな歴史的なことは解りませんでしたが、幼心に「このお地蔵さんは、オヤジにやられた人たちに違いない」と思っていました。
 そんなランボー者のオヤジにも、ちょっとした優しい一面を見ることもありました。
 それはある日のオヤジの屋台での出来事です。ガランとした屋台に一人の男の客がフラリと入って来ました。オヤジよりちょっと年下くらい。彼はあちこちのポケットをさぐりながら五円玉や一円玉をカウンターに並べ、ようやく数え終わると「オヤジさん、酒ば冷やで一杯くれんね」(昭和三十年当時は酒一杯六十円、ラーメンも同額)「はいよ」オヤジは七勺コップをカウンターにトンと置くと、一升瓶で並々と酒を注ぎました。コップの口から溢れんばかりに揺れる酒の表面張力を見る彼の嬉しそうな顔を見て、オヤジは「こいつ、相当の酒好き。俺の仲間ばい」なんて思ったそうです。
 ところが真の酒好きなら、その貴重な表面張力を壊さぬよう「口」から行きます。しかしその彼は「手」を出してしまった。オヤジが「やばい」と思った瞬間、案の定表面張力は壊れ、さらにそのもったいなさに慌てたのか、コップそのものを倒してしまったのです。後日オヤジはその光景をいつも僕に語りました。「ありゃ、やっぱり酒好きばい。コップが倒れた瞬間、コップの口がカウンターに触れる直前に引き起こした。俺の伝説の左パンチ同様、そりゃ目にも止まらぬ早業やった」
 ところが物理の世界は非情なもので、酒好きの神技を以てしてもコップの中に酒は存在していませんでした。いっときの沈黙。カウンターに広がる酒を見つめてうなだれる彼。屋台を開業したばかりのオヤジは一瞬考えました。「今日の客はこの兄ちゃんが始めて。こんな時間やから、この一杯が今日の売上かも知れん。ここで仏心を出したら今日は赤字(実際そんな時代でした)。ばってん、俺も男たい。同じ酒好き同志たい」オヤジはうなだれる彼の前の空コップに、ふたたび並々と酒を注ぎました。
 「兄ちゃん、これが一杯目の酒」その時の、彼の至上の喜びの顔と、その一杯を飲み干したときの満足気な顔がオヤジの心にずっと残ったそうです。
 しかしその彼が、オヤジの屋台に再び現れることはありませんでした。