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第六十九話 初代熱風録(上)

 久留米や博多の方なら当然ご存知の「ラーメン屋台」。のれんをくぐるとすぐカウンターがあり、せまい長椅子に座れば、隣のお客さんとの肩が触れ合うような小さな空間。湯気の向こうには無愛想な店主と言うより「オヤジ」がいる ・・・大体こんな感じですね。
 そこで皆さんにイメージしていただきたい。まずオヤジ側から見た屋台の店内を思い浮かべてください。皆さんの目の前にはスープの釜があります。そしてその湯気の向こうのカウンターには二人の男性客がいます。そのうちの一人の男性客がラーメンを食べ終わり、そろそろ「お勘定」という頃、突然もう片方の一人が、のれんの外に、座ったまま忽然と消えてしまいました。驚く間もなく、外から聞こえる鈍い音、うめき声、そして走り去る足音・・・。さて一体何が起きたのでしょう?
 これは五〇年ほど前の実話です。当時僕の両親がやっていた屋台での出来事です。目撃者は僕の母で、人間消滅(?)の真相は次のとおりです。外の物音とうめき声を聞いた母があわてて外に出てみると、さっきまで横にいたはずのオヤジがそこにいて、拳を握り締めたまま仁王立ちしていたそうです。母は恐る恐るオヤジに尋ねました。「何があったとね?」オヤジ曰く、「お前は気づかんやったろうばってん、実は…」
 ~男性客が一人でラーメンを食べているとき、別の男が入ってきた。ふつう先客がいれば離れた席に座る。ところがその男は先客の横にくっつくように座った。最初は「つれ」と思ったが、先客の迷惑そうな顔を見たら、そうではないらしい。そのうちあとから来た男が先客の耳元で何かささやいた。すると先客の迷惑そうな顔が、みるみる恐怖の顔に変わった。そのときカウンターの下でキラッと光る物が見えた。「そいつはドスでカツアゲしよったったい」・・・ナイフでの恐喝である。
 そこでオヤジは忍者のごとく裏からそっと出て表へ回り、のれんの割れ目からスッと手を差し入れ、男の襟をつかむと、思いっきりのれんの外へ引き倒した?ということで、母が見た「人間消滅」はこの瞬間で、直後に聞こえた鈍い音とうめき声は、路面に引き倒された男が、オヤジからお仕置きを受けている音風景だったのです(当然「走り去る足音」とはその男が逃げ去るときのもの)。
 しかし今では想像もつかない荒っぽい話ですね。でも当時は、敗戦でまだまだ国民の心がすさんでいた時代です。そんな時代にまして夜の屋台を営むには、それなりの覚悟と腕っ節の強さが必要でした。 オヤジにはそれが見事に備わっていました。というかオヤジの場合腕っ節が強すぎて、明治通り中の屋台の用心棒的存在でした。あちこちの屋台でトラブルが発生する度に、オヤジに「出動要請」があり、本業より忙しい有様でした。