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第七十一話 初代熱風録(下)

 しかしオヤジは、ただの「優しさを秘めたランボー者」ではなかったようです。僕が知る限り、ケンカ以外にも色んな才能がありました。まず「絵」がうまい。正式に絵を学んだわけでもないないオヤジでしたが、画用紙と鉛筆一本持たせると、サラサラといとも簡単に風景画を描くのでした。それがまた素晴らしい絵でした。余談ですが僕が幼年期、屋台の歩道にチョークで絵を描くのが好きで、長じてグラフィックデザインをかじったりしたのも、オヤジの血だったのかも知れません。
 絵心という感性は、そのまま料理の感性に通ずるものらしく、それがのちにオヤジは、久留米のラーメンの最大の特徴と言われる「呼び戻しスープ」を生み出すのです。さらにオヤジはその感性に加えて、ケンカで磨いたのでしょう、人の心理を瞬時に読みとる「読心術」を併せ持っていました。なんか、ここまで言うとスーパーマンみたいですが、要するに屋台の前職は「テキ屋の天才」でもあったのです。
 話は少々さかのぼって、そのころのオヤジの口上をひとつ。
 ー(ときは昭和二十年代後半。ある街角の人だかり。その真ん中にはオヤジが一人あぐらをかいて座っている。足元に拡げたゴザには何かを包んだ紙の小袋が無数に並べてある)「さぁサァ寄ってらっしゃい見てらっしゃい(フーテンの寅さんのノリ)。取りィ出したりますコノ袋、中身はこんな黒い粉。ところがコレはそんじょそこらの粉じゃーない。私のふるさと信州は春里村(ウソ。そんな村も存在しない)そこでとれた猿。そのとれたての猿のアタマを焼いて焦がして粉にした、万病のクスリであります(これも真っ赤なウソ。ただの木炭の粉)。名付けて”サルノクロヤキ”(そのまんま)コレがまた良く効くスグに効く。男は精力絶倫!不妊でお悩みのご婦人は、コレを飲んだト月トォ日後がサァお楽しみ、オギャァと産まれる玉の子黄金(くがね)の子。そんな奇跡の小袋ひとつ、今ならナント五十円!・・・ん?お兄ちゃん、高い??見上げたもんだよ屋根屋のフンドシ、そんじゃぁ四十円!サァ買った買った。(そこですかさずサクラのオヤジの妹が現れて)ひとつ下さーい。おっと、お姉ちゃん!好きな彼氏にプレゼント?ありがとね、はい四十円ー と、まあ、その絶妙なタイミングで登場したサクラに背中を押されたように、僕も私もと本物の買い手が群がり、あっという間に完売。途端、オヤジはそそくさと荷物をまとめて足早に退散。人々が「ダマされた!」と気づいたときは、オヤジはすでに遠い町で「見上げたもんだよ屋根屋のフンドシー」なんてやっている。
 これは五十年も前の話なので、もう時効ということでお許し頂きたいのですが、当時はそんな商売が当たり前のように横行していた時代であり、まんまと乗せられた客も、まがい物の代金は「口上という芸の見物料」という感覚で楽しんでいたという、良き時代でもありました。こんな具合に、群衆の心理を掴みとる術に長けたオヤジでしたから、のちにテキ屋から足を洗い(?)ラーメン屋台を始めても、その才能は遺憾なく発揮されました。それはとても面白いオヤジ伝説として皆さまに紹介したいのですが、このシリーズも今号で最終章です。・・・でも「そうかい、そんなに続きを聞きたい?見上げたもんだよ屋根屋のフンドシ、そんじゃーこの話、次号に続けよう!」なんと無計画な執筆。