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第百二十四話 映画「ラーメン侍」幻の脚本⑬

前号からの続き

 映画「ラーメン侍」で世に出ることのなかった幻の脚本が、本誌を借りて日の目を見せていただき丸1年。今号は偶然にも今月の時節に合致するシーンのお披露目となった。このシリーズ、もう暫くお付き合いをいただければ有難い。尚、これまでの話の流れは「久留米・大砲ラーメン」のオフィシャルサイト(PC・スマホ)にてバックナンバーを掲載中。

14 クリスマス

 どこからかジングルベルの曲が聞こえる。連結屋台はすでに行列屋台になっていた。満席の弾丸ラーメンの客の中には、パーティ用の派手な三角帽子を被った酔っぱらいもいる。端午の焼き鳥コーナーも満席である。昇は麺を揚げながら大声で端午に言った。「おーいダンゴー、とり団子を3本焼いてくれー、ダンゴ、団子ぞー」客は笑っている。昇の商売は軌道に乗った。

 深夜の屋台閉店後、端午はきなこに片付けを預けて飛び出した。「すぐ戻るけん」端午は駆けながら小脇に何か抱えている。クリスマスのプレゼントらしい。道頓堀のゲート下に端午がたどり着くと、そこには清美の姿はなく、代わりに山村が立っていた。山村も何やら大きなプレゼントの包みを持っている。振り返って端午に気づいた山村は言った。「クリスマスは休業のごたるぞ」端午は、弾む息を押さえながらうなずいた。山村はニヤリと笑いながら茶化すように言った。「お前のプレゼントは何や?」「言わんです」「教えんかコラ。どうせテキ屋の売れ残りのバッタもんやろ?」「そげなんじゃなかです」「そう言うヤマさんのは何ですか?どうせカンナかノコギリでしょう」「にやがんな(ふざけるな)、俺にはちゅうモンがある。お前はそげな舶来語すら知らんやろ」「進駐軍のコトバやら知らんでよかです」この2人は恋敵でありながら、仲が良いのか悪いのかわからない。2人はいつまでもゲートの下でもつれあっていた。
 牡丹雪が粉雪に替わった。

 翌朝、長屋は雪で覆われていた。朝の雪の静けさのなかで、光は枕に違和感を感じて目を覚ました。枕とベッドの間に、何か無造作に押し込んである。光は寝ぼけまなこでその包みを見た。それは我が家に縁のない高級百貨店〈井筒屋〉の包装紙。そこにはメモが添えられていた。光は新聞折込みの裏面のメモを読んだ。〜ひかるくん より〜と、書かれていた。誰が見ても昇の筆跡であった。光が包みを開くと、新品の黒板とチョークのセットだった。2段ベッドを駈け降りると光は昇に抱きついた。「父ちゃんありがとう」昇はわざとらしくとぼけて言った。「何のこつか? 礼ならのオヤジに言え」

 昇は嘉子に商売の提案をしていた。「にゃ、思わんか?ショウガ抜きにしてくれだの、ネギ抜きにしてくれだの、ほんに客はしぇからしか(うっとうしい)。だけん、ショウガもネギもカウンターに置いといて、客に自分で入れさせるったい。そげんすりゃ好かん奴は入れんやろうし、何ちゅうても、俺たちの手間がはぶけろうが」
*(光)『お客さんより、自分の都合を優先するところが、父ちゃんの商道でした』
 善次郎の病室。
 室内はカーテンで遮光されて薄暗い。医師がペンライトで善次郎の目を見ている。後ろには端午ときなこが心配そうに立っている。医師はペンライトを胸ポケットにしまいながら、2人に振り返った。
 「術後の経過も良好で、さきほど包帯を取りました。まだ薄ボンヤリですが、もう見えるはずですよ」 医師は2人をベット脇に招いた。端午ときなこは善次郎の顔を、そっと覗き込んだ。半開きのまぶたで善治郎が言った。「端午、美奈子・・・立派な大人になって・・・」「見えるんやね!お父ちゃん!よかったね」きなこは善次郎の手を握りしめた。 善次郎は微笑み、片方の手できなこの頭をなでながら言った。「ありがとう・・・」

 その夜、雪を被った弾丸ラーメンから昇のどなり声が聞こえる。昇はカウンターの客を指さしている。
 「コラァ!そこの学生!ネギ入れすぎネギ! コラコラお前、お前たい!ショウガの入れすぎ、スープが真っ赤やんか!」客は皆、恐れおののいている。割り箸を割る手が震えている者もいる。「タダやけんちゅうて、ガバガバ入れるな!バカタレどんが!」昇の後ろには、光の古い黒板が掛けてあり、そこには〜ネギ・ショウガはご自由にどうぞ〜と書かれている。昇のどなり声が雪の夜空に吸い込まれてゆく。
*(光)『父ちゃんの辞書には〈おもてなしの心〉という言葉はありませんでした。そして翌日、父ちゃんは客席のネギとショウガを引っ込めてしまいました。』
 どこからかジングルベルの曲が聞こえる。

次号へ続く

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