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第十三話 「小さなラーメンフリークたち」~久留米市立南小学校~

~「遠足よりラーメンがよか。」子どもたちは先生に言ったそうです。そして、予定されていた遠足の日は、子どもたち自ら「ラーメン研究の日」に変更し、全員が市内のラーメン屋さんを廻ってラーメンの研究と、ビデオ取材に励みました。やがて、その活動は「知っとるね?久留米とんこつラーメン」と銘打たれ、学校の体育館を会場にした発表会で地域へ公開され、その模様は新聞・テレビを通じて全国に伝えられました。~
 
 これは去年の暮れ、久留米市立南小学校5年生の子どもたちのお話です。僕の店にも、このかわいい取材クルーは来てくれました。「スープのこだわりは何ですか?」「味の秘訣は?プロのコツは?」などなど、もうイッパシのジャーナリスト。傍らにはVTRのカメラマン、音声さん、記録係、あれこれ取材を仕切るディレクター・・・。プロ顔負けの取材攻勢に、取材慣れしてるはずの店長たちも思わず緊張してしまったとか。偶然、南小学校で5年生を担任されている塚本先生が僕の友人でしたので、いろいろ訊ねてみたところ、実際、今回のこの子どもたちの活動は、今後文部省が全国の小学校に推奨する予定の「教科書のない総合的な学習の時間」のモデルケースとされ、立派な「授業」として認められたそうです。時代の変化といいますか、これまでの教科書中心の学力教育から、子供の自主性や個性を大切にしようとする「心の教育」の大切さが叫ばれはじめた昨今、教育の現場でも、その具体的な動きが始まったようです。理論や計算能力をつかさどる左脳が皆無に等しく、お絵かきやお料理、舶来流行音楽や魚釣りなど、およそ学力成績に何の寄与もしない分野のみが得意だった右脳人間の僕としましては、なんとスバラシイ時代が来たものかと、喝采を贈りたい気分です。
 ところで、これら教育現場の変化以上に時代の変化を痛切に感じたことがあります。それは、「ラーメン」または「ラーメン屋」に対する、いまと昔の子供たちの意識の違いです。以前のこのコラムの最初の稿でもふれましたが、1軒のラーメン屋台に生まれ、そこで育った僕の少年時代を回想してみると、その頃は、僕にとっても両親にしても、物心共に、決して幸せな時期ではありませんでした。当時は、日本中の人々が、未来に物質的な豊かさだけを求めていた時代で、子供たちは一流大学から一流企業へという、学力と財力を競う人生コースで勝利を得ることが最も尊いと教えられた、いわば「一億総同一価値観」に席捲されていた時代でした。そんな時代のなかで、僕は「お勉強があまりできない」おまけに「ラーメン屋の息子」というだけで、学校の友だちや周りの大人から侮蔑されたことも幾度となくありました。
 時は流れ、やがて「バブル崩壊」。これは「おごれる日本人への天の啓示」と僕は思っています。にもかかわらず、いまでも昔の価値観から抜け出せない大人はたくさんいるようですが・・・。しかし、どうも子供たちは違うようです。
文部省の指導ではなく、自分たちの感性で、新しい、そして正しい人生の価値観を感じはじめたように思います。今回、南小学校の子供たちが、自分たちの社会学習のテーマに「大企業」ではなくて「町のラーメン屋さん」を選んだのは、その象徴のように思えてなりません。体育館での発表会終了後、子供たちから沢山の手紙が僕の店に届きました。「これからも美味しいラーメンを作り続けて下さい。」「私たちもがんばるので○○ラーメンさんもがんばって下さい。」・・。僕はこれらの手紙を店のお守りにしています。かつて僕が少年の頃、僕を育てるために一生懸命働く親に向かって「ラーメン屋やら恥ずかしか!」などとバチあたりなことを言ったことを、いま、とても反省しています。そして、ラーメン屋という素晴らしい仕事を残してくれた両親に心から感謝しています。
 最後になりましたが、南小学校の5年生のみんな、君たちはラーメン屋でがんばってる大人たちに、この上もない誇りと勇気を与えてくれました。
 本当にありがとう。