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第十一話 上海拉麺事情・下

 バスは、どうにかホテルへ到着し、一行ほっと一安心。ここは、“外灘”という上海の最も賑やかな地区で、ホテルのすぐ前には「黄浦紅」という、対岸まで架けられた吊り橋でも全長が8km以上もある、滔々たる大河が横たい、対岸の上海タワーも遙か遠くに霞んでいます。これでもこの河は揚子江の支流というから、そのスケールには圧倒されます。もはや大陸を実感。また、ホテル側の中山東路へと目を移すと、ここはかつての英国人租界の地。重厚で古色蒼然たる欧州様式の巨大な建造物が立ち並び、阿片戦争以来160年の時を経た今も、当時と同じ姿のまま、圧倒的な存在感で黄浦紅の悠久の流れを見下ろしています。まるで、歴史の中で繰り返される、人間たちの「業」のモニュメントのように・・。なーんてイッパシの史家ぶった感慨にふけってみても、ただのイナカモン。朝からわずかな機内食しか食べてないので、空腹が先に立つ。腹へった。
 ようやく現地の有名飯店にたどり着き、出された料理が“ヘビの唐揚げ”。「足のあるものはテーブル以外、空を飛ぶものは飛行機以外、何でも食べる」といわれるこの国の、この飯店で、その後次々に出された料理に、期待の麺類がひとつもなく、肉料理の強烈な“八角(香辛料の一種)”の臭味のみがひどく印象的でした(案内の人、ごめんなさい)。その夜、僕はホテルのベットの中で思いました。「いま上海蟹が旬らしいけど、明日は必ずラーメンを食べてやる」と。
 翌朝、昨日と同じのバスに乗り込んだ一行は、一路、江蘇省の昆山市周庄へ。周庄は、いにしえの佇まいを残した水郷の町。柳川の川下りのような小さな船で水路を遊覧すると、両脇には、200年以上の歴史をもつ石造りの民家が延々と立ち並ぶ、明朝そのままの古い町です。この地の名物料理は、その名は忘れてしまいましたが、大きな豚肉の塊を醤油ダレで煮込んだ、いわば巨大な“角煮”のようなもの。ひょっとしたら、和・洋・中の料理が渾然一体となった長崎の郷土料理“卓袱料理”の中にある“角煮”も、ここ周庄が故郷ではないでしょうか。そんな思いをめぐらせながら、その豚肉を頬張ったところ、またもや八角の強烈な臭味。隣席の先輩は「ウマイ、ウマイ」としゃぶりついてますが、僕は炒飯ばかり食べていました。今日も麺類の食体験は期待できないようです。
 その夜、上海に戻った一行は、「麺が食いたい、クイタイ」と、憑かれたようにつぶやく僕のココロを汲んでくれたらしく、今夜は「四川料理を食おう」ということになりました。「やった!四川料理といえば大好物の担担麺があるぢゃあないか」。とりあえず、“火鍋(ホウコウ)”という中国寄せ鍋をウリにしている近くの四川料理店へ直行。 まずは、ナベをつつきながらイッパイやって、最後の締めに担担麺を食らおう、ということになりました。出てきた鍋は、四川独特の赤みがかった辛口スープで、別盛りの皿から肉・魚介類・野菜をおもむろに煮立った鍋に放り込んで食べるところなど、まるで“日本の鍋”そのもの。しかし、なんとこの四川のスープにまで八角が幅を利かせていたのです。やはり担担麺も同じ味ということを聞き、ついに僕は観念し、決心しました。「この味も、立派な食文化のひとつ。これも試練、僕の人生の“味覚のインプット期”に漏れていた“八角の味”をいま、入力する時が来たのだ」と(要は“慣れればいいだけ”)。「いざ、食さん」とリキんでスープを口に運んだ途端、イキナリ僕の隣の客がケンカを始めました。店員と大声で怒鳴り合っています。僕はその横で八角と格闘してます。僕の連れたちは、日本人特有の“見て見ぬふり”で黙々と火鍋をつついています。地元の客たちは意に介さず、唾を飛ばさんばかりの会話の最中で、忙しそうに箸で皿をつついています。
 やがて僕は、八角臭さと、辛さと、熱さと、騒がしさでTシャツ1枚になりました。異様的大飯店。なんだかこんな光景も、当たり前に感じてきました。・・・やはり、この大陸のフトコロは深い。
 帰路、空港へ向かうバスの中、連れが中国の菓子をひとつくれました。ほおばると、八角をタップリまぶしたアメ。思わず吐き出してしまった僕は思いました。「イマダ八角ハ、未入力ナリ」「我最歓喜日本拉麺」。
 帰国も、来たときと同じ中国某航空機に搭乗するとき、正面から見ると魚のような、何となくマヌケな顔のジャンボ機までが、僕を見て笑ってるような気がしました。

 今回はこのあたりで、
 再会(ツェーウェー)。