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第百二十話 幻の脚本➈

前号からの続き

10 メ モ

 嘉子は目を赤く腫らして嗚咽した。昇はなぜかひとり後ろを向き、タバコをふかしながら天井を見上げている。涙を隠しているようだ。きなこは話の内容を感じているらしく、うつむいたまま涙で畳を濡らしていた。

 しばらくの沈黙のあと櫛野は言った。「そんときからです。きなこの耳が聞こえんようになったのは。最初は悲しみでふさぎ込んどるだけち思っとりましたが、失語症というやつですか、そんときのショックが原因らしかです」昇は後ろ姿のまま天井を見上げながら言った。少し涙声である。「そん後は、どげんしたとか?」「はい、俺たちは叔母の家に引き取られました。きなこは中学を出ると、久留米がすりの工場で機織はたおりの仕事に就きました」「かわいい機織り娘さんやったろうねぇ」嘉子はきなこを見て言った。櫛野は続けた。「はい、もともとこん子は手先が器用で、絵心もあったもんやから、けっこう織り元から重宝がられたごたるです」昇はまた訊ねた。

 「ほんで、お前はどげんしたとか」「はい・・・、俺はきなこより2年先に中学を出て、鋳物工場で見習い工しよったばってん、そこのオヤジと喧嘩してすぐ辞めました。あとはあちこち転々と・・・、どこも続かんやったです。いまはテキ屋で小銭を稼いどります。俺、カネを使い果たすと、いつも絣工場に行って、きなこにカネの無心ばしよりました。そんうち、俺がしょっちゅう工場に来るもんやから、織り元のオヤジが怒りだして、俺、そんオヤジとも喧嘩してしもうて、そのせいできなこもそこに居りづろうなって、辞めました」昇は振り返って言った。「やっぱりチンピラやないかお前は」「はい・・・すんまっせん」「それでお前は、いまでもきなこにカネの無心に来よるわけか?」またも昇に怒りがこみ上げてきた。櫛野は後ずさりしながら、あわてて手を振った。「いや、ち、違います。・・・どうしてもきなこに伝えたかことのあって、あの日は大将の屋台で、きなこにメモば渡そうとしよったとです」嘉子は昇に言った。「ほーら、やっぱり君は、きなちゃんの尻は触っとらんやんね!チカンじゃなかやんね!そればアンタは、デヤクラかして(殴りまくって)」昇はおどけてごまかした。「アジャパー」

 嘉子は櫛野に訊いた。「そんで、伝えたかったことって、何ね」「はい、実は・・・」櫛野は膝を正し、背筋を伸ばした。「ちょっとそれ借りてよかですか」
 櫛野は光の黒板を膝に置き、字を書いた。書き終わると黒板の表を返して、きなこに向けた。皆、一斉にそれを見た。素早くきなこの目が輝いた。〜父ちゃん生きていた かえってきた〜チョークの文字は力強かった。「えーっ」 昇と嘉子は顔を見合わせて歓声をあげた。そこに光が学校から帰宅した。「ただいまー」「よかったねーきなちゃん」嘉子はきなこの手を握ってうれし泣きしている。光は事態がつかめない。

*(光)『息子の帰宅にも気づかずに狂喜する両親でした』
やがて光は櫛野に気づき、声を出した。
「あっ、ギャング」

次号へ続く

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