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第五十六話 とんこつラーメン専用どんぶり(下)

前号の続き〜 
「まるで山そのものが津波となって町や村を押し流した」という。それはのちに「平成29年7月九州北部豪雨」と命名され、日本の自然災害史に記録されるほどの豪雨災害であった。その豪雨は、朝倉市を中心とした福岡県・大分県の県境一帯に大きな被害を及ぼし、死者40人・行方不明者1人という痛ましい犠牲者を出すに至るものであった(心よりご冥福をお祈りします)。
 被災エリアには東峰村・小石原地区も含まれており、電話も繋がらず、「あの陶工たちは大丈夫だろうか」と心配する私のもとに、早速例のテレビ取材班のディレクターから一報があった。3人の陶工は皆無事だという。私は胸をなでおろした。しかしさすが本業は報道取材班、災害発生直後には現地入りし、3人の陶工の無事を確認。そのまま被災地取材となったらしい。
 数日後、私は見舞いとして小石原に出向いたのだが、道中、壮絶な光景に愕然とした。普段は細流が流れていたであろう山の小谷は、大きくえぐられ、それは土石流となって民家を飲み込んでいる、それが何箇所も。美しかった大肥川は土砂で埋まり、元の風景は完全に失われていた。胸を締め付けられながらも、ようやくたどり着いた小石原では陶工3人が私を出迎えてくれた。聞けば3人共、家族も皆無事だという。本当に何よりであった。ところが陶工として大切な焼成窯が3窯とも、全て壊滅しており、焼き物はつくれない状況だという。言葉も出ない私に、里見君は言った。「大丈夫ですよ香月さん。他の仲間には被害に遭ってない窯もありますから、私たちはそこを借りてラーメンどんぶり焼きますよ」私は胸が詰まった。

 やがて豪雨災害から3ヶ月の時が流れ、10月14日「とんこつラーメン誕生祭」本番の日を迎えた。当日の朝、最初に最年少の森山君(森山寛山窯)、そして梶原君(原彦窯)が元気よく現れ、少し遅れて里見君(秀山窯)も会場に到着した。それぞれの窯の看板とプロフィールが掲げられた物販コーナー。そこに「とんこつラーメン専用どんぶり」を並べる3人の姿に、私は込み上げるものを感じながら近づくと3人は、はにかみながらも、それぞれの作品を見せてくれた。それは見事な出来栄えであった。三者三様の言葉通り、それぞれの個性を前面に出した画期的な器であり、ラーメンに限らず、他の様々な料理を盛り付けても見栄えのしそうなものばかりである。秀山窯の里見君はやはり「藍色」の作品で勝負してきた。しかしながら、ほとんどの人間が体験することはないような災禍を乗り越えてつくり上げた3人の作品には、凄味さえ感じた。
 やがて開会式が始まり、小川福岡県知事の親書も読み上げられ(確か小石原焼への励ましの一文もあったと思う)、ファンファーレと共に誕生祭の幕が華やかに開いた。連日のテレビ報道と、原彦窯の梶原君がステージで「とんこつラーメン専用どんぶり」をPRした効果もあり、小石原ブースは、ラーメンブースに負けず劣らずの盛況ぶりである。そして何と2日目にはラーメン専用どんぶりは完売となり、買いそびれたお客様には「予約注文」と相成った。
 さすがの私も、彼らの3種のどんぶりが欲しくなり、予約しようと財布を開いたところ、里見君が、「香月さんには世話になったので僕たちからのプレゼントにします」と言ってくれた。私はそれを頑なに辞するのも何なので、他の商品をいくつか買った。
 しかし、これを書いている1月27日現在、彼らからは何も届かない(笑)。

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