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第九十六話 転換期

 このコラムは、ラーメン町おこしがきっかけで始まりました。久留米の皆様ご存じの“ラーメンフェスタin久留米”の主催団体である“久留米・ラーメンルネッサンス委員会”の発足当時、本紙の代表者・筒井氏から「ラーメンで町おこしっちゃ面白か。アンタはラーメン屋ばってん、紙面の一角ば貸すけん、そんテーマでコラムなっと書かんけんやん」というお声掛けをいただいたのです。
 そんないきさつで平成一一年四月にスタートしたこのコラム、当時の内容はラーメン町おこしの意義やルネッサンス委員会の趣旨、市内のラーメン屋さんへのラーメン町おこしに対する協力要請など、いわば広報的ものでありました。いま読み返すと、八年前の稚拙な文章に恥ずかしさを覚えながらも、「(宮崎の知事じゃないけど)このまちを“どげんかせんとイカン!”」という強い思いは感じる気がします。そして同年一一月の“第一回ラーメンフェスタin久留米”は一四万人の人を集め、大成功しました。その感動の傍ら、フェスタの広報的な存在だったこのコラムに対し、僕はその後のネタに悩みました。仕方なく個人的な経営の話やら、自分のテレビ出演時のウラ話やら、ついにはラーメン好きの宇宙人というワケのわからん話まで登場・・・。ついにコラムニスト(?)H.Kも、そろそろ筒井氏に肩をたたかれる時期かなと思い始めたころ、なぜか「お前のコラムはオモシロかにゃー」という読者の声が届き始めたのです。おだてられれば木にでも何にでも登る僕です、しかもラーメンそのものにとらわれず、ラーメン屋のオヤジが感じたことを自由に書けばいいという開放感。そんな有り難い状況に後押しされながら、今までナントカ続いております。感謝。
 さて、このコラムの誕生に関係深いラーメンフェスタも、実は今年からしばらく充電期(休止)に入ります。というのは、本来僕たちが目指すラーメン町おこしは“一年中ラーメンを感じさせる町づくり”でした。たとえば、とんこつラーメン発祥のモニュメントがあったり、あのレトロな“新世界”がラーメン横町だったり、市内のラーメン屋さん皆でラーメンスタンプラリーを実施したり…etc。そんな町づくりです。ラーメンフェスタは「とんこつラーメン発祥地は久留米ですよ」というメッセージを日本中に発信するためのものでした。当初は、そのフェスタによる情報発信は三回(三年)でよいと考えていました。ところが「国民文化祭」からのお声掛かりがあり、結果的にそのまま毎年フェスタを開催しながら、六回目(平成一七年)に国民文化祭のいち催事としての最大級のラーメンフェスタを実施しましたが、この時点で“とんこつラーメン発祥地は久留米”という情報は、全国的にほぼ認知されるに至り、当初の「情報発信」という目的は達成されました。
 しかしフェスタの実施と同時に進行すべきであったモニュメントなどの常設の施設計画は、正直なところ年に一度のフェスタの開催に、凄まじくエネルギーを使い切ってしまう状況のなかでは無理がありました。
 ところが最近、ラーメンを楽しみに久留米に来訪した人たちは、皆とまどっていると聞きます。久留米の駅に降り立っても、ラーメンのモニュメントもなければ案内板もない。ラーメンご当地なら、そこかしこに置いてあるはずのラーメンマップも、どこにあるのやら。来訪者はとまどいながら、交番のおまわりさんやタクシーの運転手さんに尋ねるしかないそうです。要するに、来訪者への受け入れ体制が全く未整備なのです。情報というボールを投げっぱなしで、返ってきたボールを受ける者(物)がいないというのは、何とも無責任な話です。僕たちはいま反省を込めて思っています「再び“どげんかせんとイカン!”」と。
 いま、久留米のラーメン町おこしは大きな転換期です。そして今回、このコラムは百話目を迎えました。