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第九十四話 剣と釣り竿

 山形県庄内町。山田洋次監督の時代劇「たそがれ清兵衛」の舞台にもなったこの町が「庄内藩」であったころ、藩主は武士たちに、武士のたしなみとして「釣り」を奨励していました。それは趣味としてではなく、剣の道に通ずる鍛錬という意味があったそうです。庄内の武士たちに釣りは深く浸透し、彼らは「刀同様、武士の魂である」と、釣り竿は自ら丹誠込めて手作りし、刀のように大切にしていたそうです。その武士の文化が、現在でも「庄内竿」とよばれる伝統工芸となって、この地方に息づいています。
 実は僕の会社も、一〇年ほど前から社員に釣りを奨励しており、「懐麺隊」という名の社内の釣りクラブもあります。会社にはラーメン店のほかに懐石料理店もありますので、その二つを掛け合わせたクラブ名にしたのですが、そのカイメンタイという読みが、一部(特に婦女子)に大変不評で、クラブ活動中もその名を口にする者はいませんでした。現在は営業店の人手不足などの影響で、懐麺隊も長らく休止状態です。
 話は戻りますが、剣と釣り、その極意の部分で相通ずるものは解るような気がします。相手が人であれ魚であれ、思いはすぐに相手に伝わるようです。ある剣道の達人から聞いたことですが、大試合であればあるほど「勝ち負け」に心がとらわれてしまい、その「心がとらわれた」瞬間に相手から打たれてしまうそうです。何事にも動じず、どんな大勝負でも「無の心」で戦える剣士が最強の剣士ということです。
 釣りの世界にも同じようなことがあります。三年前の夏、僕は弟と二人で北海道にイトウ(幻の魚といわれる日本最大の淡水魚)を釣りに行ったことがあります。そこは日本最北の地を流れるサロベツ川支流。ここには、その前の年に初めて訪れていたのですが、そのときはイトウという幻の魚など恐れ多く、目的は「最北の地でサケ・マス属の魚を相手に竿を振りたい」それだけでした。要は、アメマスやオショロコマ、そして道産ヤマメでも釣れればよいのです。ところが、その川に入って最初に僕の竿にアタリがあり、直後、凄まじい引き。数分の格闘の末に釣りあげたのが、何と六〇センチほどの「イトウ」。紛れもない「幻の魚」でした。二人は驚愕。そして狂喜。興奮の中で魚をリリースしたのち、急きょ僕たちは「イトウねらい」に方針変更しました。しかし、二人の仕掛けは大物用ではありません。案の定、その後の最高のポイントで、今度は七〇センチオーバーのイトウに、目の前で僕のラインは切られてしまいました。
 その一年後、二人はリベンジで再びその地へ訪れたのです。弟の意気込みはすごいものでした。仕掛けは「超大物仕掛け」。フロロカーボンの強力ラインに大型のスズキ針(海の仕掛け)。今年こそ自分も大イトウを釣りたいという強い思いで、目は血走ってます。それが僕にもヒヒシヒシと伝わってきたので、今回はいいポイントはなるべく弟に譲るようにました。ところが、どのポイントでも弟には何の魚信もなく、その後に糸を垂らした僕の方ばかりにアタリがあるのです。ひどいときには、弟の横で一服しながら放り出していた僕の竿にイトウが掛かったりしました。弟は僕と同じ釣り歴三〇年近いベテランです。技術の差もありませんし、ヤマメの大型記録では弟の方が上です。そう、読者の皆さんもすでにお解りのように、さすがイトウさん、人の殺気を川底深くから感じ取り、そのオーラを発するエサには見向きもしなかったのです。
 僕の場合「無の心」というより、そのときばかりは、弟に釣らせたいという気持ちの方が強く、結果的に「殺気」が出てなかったのかもしれません。
 ついにそのリベンジも、僕に釣れてしまった最大の(七五センチ)イトウでだけをキープし、弟としては未練を残しつつ最北の地を去るという結果になってしまいました(ちなみに、そのイトウは剥製になって、現在大砲ラーメン本店の壁におります)。
 もしタイムスリップできるなら、いちど庄内の武士とイトウ釣りをしてみたいものです。