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第三十話 飛んだ話

 ついこの間まで千年説だ21世紀だと、騒いでおりましたが、はや2002年。スタンリー・キューブリックの名作SF映画「2001年宇宙の旅」の時代をついに越えてしまいました。30年ほど前のこの映画に描かれていた未来は、果たして訪れているのでしょうか?そんな質問を、この映画を知っている2人の友人にしてみました。
 ハイテク畑のある友人は、あの映画の“宇宙開発技術の進歩”の部分を捉えて「重力を発生させる回転式巨大宇宙ステーションは現在まだ完成してないし、一般市民の宇宙旅行もまだ現実化してないが、近い将来それらは確実に実現するだろう。しかし、この映画に登場する巨大なコンピューターに関しては、いまの方が技術的にはるかに進歩し、小型化している。従ってバランスで見れば、現在は、ほぼあの映画の世界と同レベルの技術進化を遂げている。
しかし、あとの“意志を持ったコンピューターの謀反”とか、宇宙を漂う“モノリス(黒い石版)”などは非現実的で問題外だ」こんな話を、やや大槻教授ににている彼は学者が研究論文でも発表するかのごとく無感情で話してました。
 次に、心や精神に重きを置いて映画鑑賞をする友人に訊いてみました。
 彼曰く「あの映画は進歩した技術文明を楽しむ映画ではない。まさに“意志を持ったコンピューターの謀反”と、宇宙を漂う“モノリス”の存在こそがこの映画を意味あるものにしている。この映画のテーマは、人間の存在意義を人間自らが無視し、機械文明に溺れながら天(宇宙)の意志とは違う方向へ進んでしまったことに対する“神の啓示”だ。悲しいことに、この問題はいま現実化してしまった。
 たとえば、外で友だちと遊べず、部屋のパソコンに籠もった少年たちは、シュミレーションゲームの“面白さ”と、現実の戦争の“悲惨”さの区別がつかなくなろうとしている。さらにはインターネットを利用した性犯罪の増加・・・等々。これらの現象は、もはや“神の啓示”だ。30年前にあの映画が与えてくれた警告を私たちは無視している!何ということだ!嗚呼!」といって、興奮したり嘆いたりの感情豊かなこの友人をなだめながら、僕は思いました。
 「いや~それにしても、同じ1本の映画でも人それぞれ色んな捉え方・観(み)方があるもんだな~」と。
 はい、ここで“宇宙”からイキナリ話は飛んで、内容は縮んで庶民化してしまいますが、・・・“1杯のラーメン”。これもやはり食べる人によって色んな感じ方があるんでしょうなぁ。なんか飛びすぎて苦しいまとめでした。