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第二十四話 ラーメンブームの仕掛け人

 しかしまあ、ひとくちにラーメンといっても色んな話があるもんです。ラーメンネタ一本で二八回も書いとります。このコラムを書き始めたのは二年と三ヶ月前になりますが、ちょうどラーメンブームもピークといわれた頃で、十年以上続いたこのブームも、もう終焉を迎えるだろうといわれてました。ところがどっこい、今このコラムを書いている現在もなおラーメンブームに陰りは見えず、そのフィーバーぶりはなお健在です。
 ある専門家は「ラーメンは、もはやブームを越えて完全に国民食となった」といってましたが、はたしてどうでしょう。僕は学者ではないので、社会現象の学術的な要因解析はできませんが、ラーメン屋の僕個人として思うことがあります。
 “ブーム”と一口に言いましても、その陰には必ず“仕掛け人”と呼ばれる企画のプロ集団がいます。かたや、新たなブームの「きざし」をいち早くキャッチしてその情報を広く伝える“マスコミ”という仕事人たちがいます。この両者がうまく連動して、はじめてブームという名のいわば“にわか景気”が起こるという仕組みになっています。 当然ラーメンブームの始まりも、この仕組みがうまく働いた典型的な事例でしょう。
しかし、そのブームも十数年続いております。もはやラーメンはその“ブームの仕組み”から完全に自立し、新たな国民食として一人歩きしているのでしょうか?もう仕掛け人たちは不要なのでしょうか?
 ところで、日本のラーメンは、同じ麺類のそばやうどんに比べるとはるかに歴史の浅い、いわば“若い”食べ物です。その反面、伝統に縛られることのない自由さがあります。音楽にたとえると、そばやうどんが“クラシック”なら、ラーメンは“フリージャズ”といったところでしょうか、表現自由なナンデモアリの食べ物です。“ブームの仕掛け人”にとって、そんなラーメンという、まだまだ未知の可能性を秘めた若手のエンターティナーはとても魅力的です。気の利いた仕掛け人なら、そのエンターティナーから湧き出る自由なアイデアを小出しにしながら、そのブームを長く続かせることも容易かもしれません。
 皆さんには「ご当地ラーメン」という言葉はもうおなじみでしょう。昭和六十年ごろ東北の喜多方と佐野から静かに始まったご当地ラーメンブームは、平成八年の北海道・旭川ラーメンで火がつき、その後、飛騨高山ラーメン、尾道ラーメンへと飛び火して、平成十年の和歌山ラーメンで大ブレイクし、翌年の徳島ラーメンへと伝播しました。
その間の平成六年にはラーメンのテーマパークというべき「新横浜ラーメン博物館」がオープンしています。平成八年の旭川ラーメン以降のご当地ラーメンブームは、実はその「新横浜ラーメン博物館」の天才仕掛け人たち(実は僕の友人)が仕掛けたブームといわれています。
 その天才たちは、全国ご当地ラーメン発掘のネタも出尽くした今、新たなる発想でブームを仕掛けようとしています。そのキーワードは「ご当地ラーメン」から「ご当人ラーメン」へ。
ラーメンが名物の土地よりも、ラーメン屋の名物オヤジにスポットを当てようという動きです(最近の某カップラーメンのCMからもその傾向を感じます)。彼ら仕掛け人がいる限り、ラーメン“ブーム”はまだまだ続くでしょう。そして、ラーメンがそばやうどんのように「音楽でたとえるなら“クラシック”」といわれるには四百年の時間が必要のようです。