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第二十話 九州生まれの醤油ラーメン

 申し訳ない!前号で「次回は“ガチンコ・ラーメン道”のお話」などと言っとりましたが、やはり、柳川の殿様の勅命で完成したというラーメンの話を今回も引き続き書かせていただくことにしました。というのは、そのテレビ番組を語るうえで恐らく出るであろう「久留米のとんこつラーメン屋の弟子が、なんで東京ラーメンを修行しとるのか?」というナゾにお答えするためにも、まずは柳川のラーメン話が先かな?と思ったからであります。どうかご容赦いただきたい。
 さて、僕のラーメン屋では一年ほど前に、あるスタッフの発案で「とんこつ以外のラーメンも勉強したいと思ってる人寄っといで」を合い言葉に、社内の有志が集まって“ラーメン研究会”なるものが発足しました。彼らは定期的に厨房屋さんのデモキッチンを借り切っては自主的に醤油ラーメンや味噌ラーメンの研究をしておりました。当然僕のラーメン屋はとんこつラーメンの専門店です。たとえそれら毛色の違うラーメンが見事に完成したとしても、“ワンブランド・ワンコンセプト”を大切にしている僕の店では定番商品としての発売はできないことを彼らは知っていました。にもかかわらず、彼らのラーメン研究に対する情熱は衰えるどころか、ついには福岡・桜坂の懐石料理店の店長(身内ではありますが)まで巻き込んでしまう程の熱心さでした。
 やがて彼らの情熱は“地元食材をテーマにした清湯(ちんたん/澄まし仕立てスープ)系の醤油ラーメン”という素晴らしい“作品”を生みだしたのです。しかし不憫なのは、そのラーメンの生みの親である彼らです。その情熱に打たれた僕からは、“社内で自由に創作活動ができるテストキッチン(実験厨房)の新設”という褒美を得たものの、せっかくそこで誕生した作品も、その発表の場がありませんでした。
 そんな折り、例のラーメン研究家のH氏を介して、かの柳川の殿様T氏にお目通りをいただく機会がありました。その場所は旧柳川藩主邸・御花、その一角にある静かなレストランでした。大きな窓の外は名勝・松濤園。やや緊張しながら待っていた僕の前に現れた殿様(社長)と弟君(専務)はとても穏やかなひとでした。ところが殿様ご兄弟はともかく、この場を設定したH氏とその仲間の仕掛け人たちの間で、あるもくろみがなされていたのです。それは、くだんの柳川藩と水戸藩のラーメン論争は僕も知っていましたが、なんと僕たちに、その論争の中心人物である“朱舜水”(しゅしゅんすい)のラーメン・レシピをもとに柳川独自のラーメンを、この柳川で創ってみてはどうか?というものでした。実は僕にとって、これはとてもタイムリーな話でした。あのラーメン研究会の作品に発表の場が与えられたのです。しかも朱舜水が作ったのラーメンのスープは、研究会が創った“清湯”に近い“上湯(しゃんたん/中国ハムでとったスープ)系”なのです。話はトントン拍子に進み、作品の名称が決まりました。
 その名は「立花柳麺(りゅうめん)」コンセプトは「単に古文書どおりに再現した資料館展示用のラーメンではなく、柳川の歴史と風土を生かした、食べて美味なる幻のラーメン」です。そして、「朱舜水の蓮粉(レンコンの粉)の麺はT商店が担当し、スープ・その他の具材は僕たちTラーメンが担当」という役割分担が決まり、また「幻である以上一日限りの作品発表とし、発表会場は御花の大広間とする。尚、発表会の招待客は地元有識者を中心に二百名とする云々」と御前会議よろしく粛々と勅令が下知されました。僕がこの話を社内に持ち帰るや否や、がぜん喜んだのはやはりラーメン研究会の有志たちです。さっそく僕は、それまで同好会扱いだったラーメン研究会を、正式な社内プロジェクトチームとして発足させました。当然彼ら有志たちはプロジェクトメンバーとして、意気揚々と立花柳麺開発の任務に就いたのは言うまでもありません。