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第七十六話 初代奇行譚(2)

 私が17歳のある夏の夜、ひとしきり遊び疲れて帰宅すると、風呂は沸いていると母が言うので、早く汗を流したかった私は脱衣所に直行した。服を脱ぎ捨てていると、何やら浴室で「グワーン、グワーン」と妙な音が聞こえる。しかし素っ裸になっていたので、そのまま浴室に入ってみると、「ウワッ!」声を出して驚いた。いやこの場合、フリチンなので「タマガッタ(玉が上った)」とう表現がふさわしい。そこには浴室の床に置かれた大きなトタンのタライの中に10数匹の巨大なウシガエル(食用ガエルとも言い、全長30センチ以上の外来種)がうごめいていたのだ。しかもよく見ると、全てのウシガエルの片足には、逃走防止のためなのか、丈夫な白いタコ糸が丁寧に結ばれている。私は全身に鳥肌を立たせながらも考えた。「これはオヤジの仕業に相違ない。とは言え、ラーメン屋なので肉巻き用の新しいタコ糸はナンボでも備蓄しているのだろうが、そんなバカ丁寧な手間をかけじとも、大きめの段ボールでタライに蓋をして、そこに重石でも置けばよかろうもん」と。
私はウシガエルたちに遠慮しながら、そっと体に湯をかけ、静かに浴槽に浸かった。最初私に驚いて鳴きやんでいたウシガエルたちも緊張感が緩んできたのか、次第に鳴き始め、そのうち大合唱と相成った。「グワーン、グワーン、グワーン」大音響の中で、浴槽から首だけ出してウシガエルたちを観察していると、片足に結ばれたタコ糸は他のウシガエルの片足と連携しているだけで、その糸の突端は風呂場のどこにも固定されていない。さらによく観察していると、あるウシガエルが西へ撥ねようとすると、もう一方は東へ向かう。南北のウシガエルも同様。要するにそれぞれのウシガエルは、四方八方、好き勝手な方向へ跳ねていて「群れ」としての統一性も秩序もないので、そのウシガエルのカタマリはどこへも進まないのである。「バカばい」私はつぶやきながらも、これもオヤジ得意のイタズラ心だろうと感心もした。
 当時私の家は広大なレンコン堀に隣接していた。梅雨があけると美しい蓮の花が咲き始め、やがて極楽浄土は然もありなんと思わせる情景へと移ろっていく。
ところがそこはウシガエルの生息地でもある。のちに「タコ糸ウシガエル」の件を弟に聞いてみた。弟曰く、あの日は雨上がりやった。日が落ちた頃、突然オヤジから「おいヤスタカ、食用ガエルば獲りに行くぞ」と言われて獲り方も聞かずについて行った。そこは現在、中央公園の噴水の辺りで、当時はレンコン掘りのど真ん中。結構降った後なので細い未舗装の車道は水たまりだらけ。オヤジが言うには「大雨の後は、食用ガエルは堀から出て来るったい。そいつに車のヘッドライトば当てたら目が眩んでじっとしとる。それば手づかみするだけたい」。なるほど正にその通りだったらしい。ウシガエルは車の前で、こっちを見ながら身動きもしない。それをオヤジと弟はエッサホイサと手づかみで袋に入れていったという。これが浴室でタコ糸に繋がれ、そこに何も知らない私が、フリチンで入って来てタマガッタというお話し。
その日の夜、オヤジはウシガエルを捌き、そのモモの塩焼きを酒の肴にしていた。そのとき私は思った。「ああ、普通の父親の下に転生したい」と。

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