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第四十二話 1歳の記憶

 今日は朝から冷たい雨が降っています。実は私、雨に霞んだ景色がとても好きで、軒から落ちる雨音にも心地よさを感じます。雨に閉ざされた家並みや、濡れた路面を走り去る車の音にも何とも言えないノスタルジーを覚えるのです。それは多分、自分の心の奥に潜む幼児体験、いや乳児体験に繋がっているのかも知れません。
 信じない人もいますが、私には1歳の頃の記憶があります。
 その記憶とは、ある朝、トタン屋根を叩く雨の音で目が覚めると、傍には酒に酔い潰れ、床で爆睡している父親。悲しげな背中を向けて台所に立つ母親の姿。間借りの6畳1間の畳は、雨漏りで腐り、そこから白いキノコが生えている。とても、豊かとか幸福などとは縁遠い家の1日が始まろうとしている。1歳の私は目覚めと共に憂鬱に支配されていました。今でもその光景は絵にも描けるほど鮮明に、記憶の底に張り付いています。毎朝ぐずる私のことを、母親は、寝起きが悪いだけと思っていたようですが。
 少し時間が下って、私も幼稚園生。年少さんは、昼食の後はお昼寝の時間です。その日も朝からずっと雨が降り続いていました。園舎は五穀神社の祭祀道具を保管する古い建物です。園児たちは床に敷かれたゴザに仰向けに寝かされます。寝付けない私は、雨漏りで染みだらけの格子天井を、ずっと見ていました。雨音を聞きながらその染みを見続けていると、何かの絵画に見えてきて、昼寝の時間最後まで色んなイメージを描いて楽しんでいた、そんな記憶もあります。
 私は心理学者ではないので、それらの古い幼少の頃の記憶と、現在の「雨好き」との相関関係はわかりませんが、一般的にトラウマと呼ばれる精神的外傷の一種なのでしょうか。確かに1歳の頃の雨の記憶は楽しいものではないにしろ、心の障害にはなっていないと思います。しかるに私の本業はラーメン屋、これ以上考えるのはやめます。
 外は雨も上がったようです。今日は休みなので、やや水かさの増した高良川で戯れるカモの家族を見に行くことにします。