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第二十三話 九死に一生(前)

 人間、死を目前にしたとき、意外と冷静なものだと思ったことがあります。
ずいぶん昔の話になりますが、あれは私が23歳のときでした。渓流釣りが解禁となったばかりの早春、3月初頭のこと。私は高校生の弟と2人、山奥の林道に車を停め、車中で仮眠をとりながら夜明けを待っていました。そこは熊本の清流・緑川の源流に注ぐ鴨猪(かもしし)川に沿った林道で、1500メートル級の山々に囲まれた谷の最深部です。実はこの林道、数日前の豪雨で山崩れが起きたらしく土砂で道が押し流されていて、前進を阻まれた私たちはその土砂の直前で朝を待つことにしたのです。いま考えてみれば、この行為だけでも、若さとはいえ山を知らない無謀なことでした。
 竿をしならせて躍動する大ヤマメの手応えを想像すると、とても寝付けない私たちは、未だ白まぬ東の空に悶々としていました。するとそんな2人の車の前方で、何やら妙な音がしました。「カランコロン・コロコロ・・・」2人は顔を見合わせました。するとまたも「コロコロ・ザザザー」。そうです、不安定な土砂の急斜面を、大小の石が少しずつ転がり落ちているのです。無知とは恐ろしいものです。雨は止んでいるものの、またいつ大きな土砂が流れ落ちても不思議ではない危険な場所、その際(きわ)でのんきに朝を待ち、さらに転げ落ちる石の音を子守歌がわりに聞き入っていたという、救いようのない2人でした。ところがその子守歌、実は悪魔のささやきだったのです。
 しかし悪魔は、その払暁に私たちへ爪を立てることはなく、やがて東の山が朝日を背に、その稜線をくっきりと描きはじめました。待ちに待った朝です。2人は意気揚々と車から飛び出しました。そして林道の前方を見渡した途端、私たちは息を呑んだのです。目前の山の斜面は尾根近くから深くえぐり取られ、その崩落は数十メートルの幅で遙か下の谷底まで達しており、膨大な質量の土砂は、人や車など飲み込めば跡形もなくなるような、そんな光景。2人は立ちすくみました。
 私もこの年になると、それを目のあたりにしようものなら「もう釣りはやめた。近くの温泉どん入って帰ろ」というところ。いやその前夜の、林道消滅に出くわした途端に引き返すでしょう。ところが若い2人に、釣りをやめる、場所を変えるなどという選択肢はありません。ましてこの鴨猪川は、当時釣り人にほとんど知られていない穴場でした。意を決し、釣り決行。
 そして本当に恐ろしい出来事はその直後におきたのです。
〜次号へ続く〜