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第十九話 引き算の芸術

 私が初めてコラムなるものを書かせていただいたのが、平成11年秋。同時期に開催された「第1回ラーメンフェスタin久留米」のPRを目的に、地元紙「くるめすたいる」に「ラーメン今昔物語」というタイトルで掲載していただいたものが最初でした。月1回のペースで書くそのコラムは、編集長の筒井氏のご好意と忍耐(?)で、その後13年も連載させていただき、最終的に全146話を数えました。その間、一風堂さんの機関紙に5話。そしてこの「ラーメン外伝」が今回で19話目。〆て170話の執筆となり、気づいたら15年の歳月が流れていました。
 先日、昔の我がコラムを何気なく読み返してみました。すると時を遡ればのぼるほど、文面がワカイ、アオイ、そしてクドイ。単純なテーマを、まあダラダラと書いている。我ながら赤面しました。しかし回を重ねるうちに、ある時期から突然、コンパクトな短文のコラムになり、それが現在に至っています。実はその「時期」というのは覚えております。ある日、私の長文のコラムに耐えかねた筒井氏が、「あの~、紙面の都合というものもございますので、よければ次から◯◯文字以内で・・・」という申し出がありました。それはもっともなことです。以降、3行書きたいことは1行に、テーマから外れそうなくだりは全て削除するという、本来当たり前のことを、改めて意識しながら書くようになりました。
 それを繰り返すうちに、やがてあることに気づきました。これは「引き算」の世界だと。
 そういえば日本の伝統文学である和歌・短歌・俳句の世界。これは世界一短い詩歌です。歌人たちは、まるで不純物を極限までそぎ落としたような短い言葉で、聞く者に奥深い行間を読み込ませながら、その情景を目に浮かばせてくれます。
 日本画においても、モチーフをより効果的に印象付けるために、思い切った余白を配するという伝統的な技法は、それを見る私たちの心に、得も言われぬ郷愁のようなものを感じさせてくれます。
 また、日本古来の建築物も西洋のそれと比べ、派手に込み入った装飾はありません。その極みは何と言っても伊勢神宮でしょう、装飾物皆無のその佇まいに、身の引き締まるような荘厳さと、畏れさえ感じます。
 日本の芸術、その美しさは「引き算」であることに、今更ながら気づかされております。
 最後に日本刀、これに至っては・・・もうこれ位にしましょう。せっかくの引き算の勉強が、またも足し算になってしまいそうですから。
 ~ワレ未ダ木鶏足リエズ~ 15年を経てもまだまだ修行中です。
 そんな私でありますが、本年も更なるお引き立ての程、よろしくお願い申し上げます。