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第八十五話 心に残る一杯・上(改)

 「ラーメン屋さんでもヨソのラーメン食べるんですか?」と、よく人に訊かれる。「はい、よく食べますよ」と答えると、意外な顔して「へ~そうなんだ」そして、その後に続くのが「今まで食べた中でどこのラーメンが一番おいしかったですか?」という質問。これにはいつも、こうお答えしている。「味の好みは十人十色。お客さんと私が同じ好みとは限らないので、お答えしてもインターネットのいい加減なランキングと同じでアテになりませんよ。でも『心に残るラーメン屋さん』ならお答えできます」と。
 今回はそのお話。
 それは34年前、私は初めての北海道を訪れた。釣り仲間と2人、現地でレンタカーを借りて自由に北海道を1周しようというものであった。テーマは「大自然の釣りと温泉そしてラーメンの気ままな旅」と言うもの。
 渓相のいい川を見つけるたびに車を停めて釣り竿を振るという気ままな旅を楽しみながら、フラリと立ち寄ったのが知床半島の付け根に位置する「斜里」という名の小さな町であった。近くの川でオショロコマという北海道の渓流魚が面白いように釣れているうち、ふと気づいたら陽も高くなり昼飯どきを迎えた。その町で食べ物屋を探したのだが、閑散とした通りにそれらしい店は1つもない。町の人に尋ねると、ラーメン屋さんなら1軒あるとのこと。「おっ、あるぢゃあないか、それもラーメン屋!」
 私たちは空腹と戦いながら何とかその場所までたどり着いたのだが、しかしそこにはラーメン屋らしきものは見あたらない。あるのは古びた1軒のスナックだけ。とにかく聞いてみようと、そのスナックのドアを恐る恐る開けてみた。のぞいてみると、誰もいない薄暗い店内には赤茶色のカウンターにペルシャの絨毯みたいな壁紙。棚には古びたキープボトルが並んで、どう見ても昭和30年代の場末のスナックだ。「す…スミマセン」遠慮気味に声をかけると、カウンターの奥の暗がりの置物が突然動いた。「…はい…いらっしゃい」それは人間であった。いきなりオレンジ色の照明が点灯し、か細い声で現れた女性は、昭和30年代なら若かったはずのこの店の「ママ」。私が「あの~このあたりにラーメン屋さんがあるって聞いたんですけど…」と尋ねると、ママは「はい、味噌ラーメンならあります」と言いつつ、おもむろにラーメンを作り始めた。何とこのスナック、昼は味噌ラーメン専門店だったのだ。そしてママは何やらカウンターの下でゴソゴソとやっている。
 少々不安になった。私もプロのラーメン屋、ラーメンを作るにはそれなりの設備と厨房スペースが必要なのは知っている。それをカウンター下のわずかなスペースで、こちらからはよく見えないのだが、あたかもオイルサーデンの缶詰でも温めるようにチマチマとラーメンらしきものを作っているのだ。 私は友人と顔を合わせて目で言った。「こりゃイカン。ありゃインスタントばい。しもた~(しまった)」と。
次号に続く

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