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第七十五話 初代奇行譚(1)

 先日、父の23回忌と母の7回忌の法要を行った。それは私、弟の2家族と会社の役員のみという少人数の法事であったが、久し振りに会った弟と、両親の若くて元気な頃の昔話に花が咲いた。中でも周囲の笑いを誘った話は、やはりオヤジの奇行話しであった。   
その数あるオヤジネタの中から1話紹介させて頂きたい。
 私が17歳の頃のある日、90CCの小さなバイクに乗った私は文化センター前を西鉄久留米駅方面に向かって軽快に走っていた。すると、対向車線を走行していた大型トラックが突然右折して私の前に立ちふさがった。私は急ブレーキをかけたが間に合わず、トラックの横っ腹にバイクごと全身を叩きつけられた。そこで気絶でもしていれば楽であったのだろうが、意識がはっきりしていて痛みに悶え苦しんでいた。トラックの運転手は車道の真ん中に転がっている私の目前に仁王立ちになり、見下ろすようにニヤけた顔で一言「お前が飛ばすけんやろうが!」。
私は駆けつけた救急車で病院に担ぎ込まれ、打撲と擦り傷だらけの身体に包帯を巻かれた。そんな息子の姿を見たオヤジは、ポツリと私に聞いた。「その運転手は倒れたお前に何か言ったか?」私が事故直後の運転手のセリフと態度をありのまま伝えたら、その途端、オヤジの顔はみるみる金剛力士の吽行像となり、「そうか、わかった」とだけ言った。私は「しまった」と思った。なぜならオヤジのメタモルフォーゼしたその顔を見た瞬間、何やら得も言われぬ不吉な予感に包まれたからだ。やがてその予感は案の定、現実のものとなったのだ。
数日後、道交法上、完全にトラック側の過失とされたその運転手は、何が待ち受けているのか知る由もなく退院後の私の見舞いと両親への謝罪に来宅することになった。その当日、オヤジはなぜか店の客席側・中央テーブルに大きなまな板を置き、これまた大きな生の豚肉をさばき始めた。普段は厨房内でやる作業である。さらにその手には刃渡り最大の牛刀を持ち、店の入り口に向かって金剛力士の形相で生肉を切りさばいている。店外には「準備中」の札で一般の客は入れない。その状況下で店の入り口引き戸がスーっと開いた。トラック運転手である。運転手はオヤジの姿を見るや、店内に片足を入れたまま固まった。運転手の目前のオヤジは牛刀を握りしめながら凄まじい形相で睨んでいる。テーブルの上には得体の知れない肉の塊があり、その返り血でも浴びたように白衣は赤く染まっている。そこでオヤジは低い声で運転手に言った。「うぬか!」。このとき本当に気絶したかったのは運転手だったかも知れない。その後オヤジは運転手を連れて私が寝かされている座敷にやってきた。運転手はまともに歩けないほど足が震えている。オヤジを見れば返り血を演出したであろう姿。「なるほどそういうことか」と私は全てを察知した。私の包帯姿を見た運転手は、事故時とは打って変わって声を震わせながら「大丈夫ね?ごめんね」と言ったが、私は応えず天井を見つめていた。そのうちオヤジも怒りの発散と、人を無用にビビらせて楽しむイタズラ心も満喫したらしく次第に機嫌も良くなり、しまいには「まあ、1杯飲まんね」と、まさかの酒盛りが始まった。やがてそれは見る間に盛り上がり、「そうや、そげんえすかった(怖かった)や?」「ハイ!私の人生はここで終わったと思いました!」「ワッハッハ~」。その日は店も閉め、2人宴会は続いた。私は思った。「交通事故被害者の俺って一体・・・、ああ普通の親の下に生まれたかった」と。

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