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第二十話 犬の独り言

 我輩は犬である。赤毛の雑種で、名前はベル。泥棒が来たら、非常ベルのようにけたたましく吠えるようにと名付けられたらしい。しかし今の我輩は全く吠えることができない。先日、西鉄電車に鼻先をハネられて、顔がブタのようにパンパンに腫れているからである。将来的には、その線路も櫛原駅あたりから久留米駅まで高架線となるらしいが、まだまだ先のことで、いまだ茶色とクリーム色のツートンカラーの電車が地面を走っている。その線路際に我輩の飼い主の家がある。家といっても終戦間際の久留米空襲から焼け残った古いボロ家で、我輩の犬小屋の方がよほど立派で新しい。家長はノボル。妻のヨシコとラーメン屋台を引いている。子供はヒトシという幼稚園児だけ。
 ヒトシは幼稚園から帰るとノボルもヨシコも屋台に向かうので、毎日1人で留守番。これでは物騒だということで我輩が飼われたという訳である。間借りの六畳一間の家にはテレビも子供のおもちゃもなく、1枚の黒板があるのみ。ヒトシはその黒板にただひたすら絵を描いて遊ぶ。陽も落ちて寂しくなったら、親の屋台に行き、屋台の前のコンクリート歩道にチョークで絵を描き続ける。眠くなったら1人で帰って寝る。何とも不憫な子供である。ヒトシは以前、ノボルの知人宅に「夜だけ」ということで預けられたことがある。その日ヒトシは布袋に入った米1合を持たされて預けられた。しかしその日の夜、ヒトシは1人悲しい顔をして屋台に帰って来た。子供の足では1時間以上の夜道である。何があったのかヒトシは言わないが、ノボルは何も聞かずに家に連れて帰った。我輩は尻尾を振って2人を迎えた。
 うっとうしい雨が続く梅雨のある日、こんなことがあった。長雨の湿気で腐った畳から、白いキノコが数本生えていた。小学校に上がったばかりのヒトシは、そのキノコがとてもお気に入りらしく、学校で友人たちに大いに自慢。それを信じなかった上流家庭の子供を家に連れてきたのである。突然のおぼっちゃま友人の来訪に、ノボルもヨシコも狼狽した。「こんにちは初めまして。フ●タ キイチローと申します。お邪魔します」完璧な挨拶にノボルとヨシコは唖然。「こちらが玄関ですか?」そんなものはない。「お邪魔いたします」ちゃぶ台で豚肉をさばいているノボルの前を、紺の半ズボンに真っ白なハイソックスが通り過ぎる。「ほらー、これがキノコたい。ホンモノやろうがー」ヒトシは誇らしげに言った。キイチローは、まるでこの世の物ではないものを見てしまったかのような顔で「本当だ。不思議だ。人の住む家に、こんなものが生えて良いのか。僕の大きな家の、数あるどの部屋にも、20畳のリビングのグランドピアノにも、このようなものは生えてない。いや、生えてはいけないのだ。カツキヒトシ君、疑ってすまなかった。」ヒトシは勝ち誇ったように笑っていたが、ノボルとヨシコは赤い顔をしてうつむいていた。
 その出来事がバネにでもなったのか、一念発起したノボルとヨシコは、その2年後に小さいながらも店舗付き住宅を建てた。そこが「タイホウラーメン・ホンテン」というらしいが、イヌの我輩にはカンケイナイ。当然我輩も一家の一員としてそこに引っ越したのであるが、いつの間にやら「タマ」とかいうネコの輩が住み着いた。ヒトシはイヌよりもネコが好きなのか、一向に我輩に構ってくれなくなった。そういえば、我輩は大した活躍をしていない。というより失敗の方が多い。終戦直後ならば我輩のような赤犬はとっくに飢えた人間たちに喰われていただろう。そんな野良犬だった我輩を拾って可愛がってくれたこの家族に、なにか恩返しをしなくてはといつも思っていた。しかし我輩も年をとりすぎたようで、最近歩くのもしんどい。今日は特に体が重く感じる。もしかしたらお迎えが来たのかもしれない。ヒトシが小さい頃は楽しかった・・・。なんだかその思い出もかすんできた。なんとなくヒトシの声が聞こえる。我輩の体にしがみついて号泣しているようだ。もう、その声も、聞こえなくなった。

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