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第百二十六話 九死に一生

 テレビの特番で、よく「衝撃の映像」なるものをやってますが、そのほとんどが事故や災害に巻き込まれた人間が奇跡的に助かるという、いわゆる「九死に一生モノ」の映像で、「それでよく助かったな」と見ていて驚かせられます。かく言う僕も、その奇跡的に助かったという「九死に一生体験」の持ち主であります。それはン十年前の、僕が二十歳ちょっと過ぎの頃のことです。その頃僕は渓流釣りを始めたばかりで、その面白さにハマり込み、寝ても覚めても、渓流の女王「ヤマメ」のことで頭が一杯でした。そんなある日、僕は弟と2人で、熊本の緑川上流のある支流に釣行しました。山中の未舗装の狭い林道を四駆を揺らせながら走っていると、突然大きな崖崩れの跡が林道を遮っていました。前日の大雨で山の斜面が崩れたのでしょう。それは眼下遙かに谷の底まで達しています。当然車はそこでストップを余儀なくされ、徒歩でこのガレ場(崖崩れ跡)を越えるしかありません。目指す絶好の釣り場はこのすぐ先の谷です。僕たちは「早くヤマメを釣りたい」という一念で、登山界ではタブーとされている「ガレ場のトラバース(斜面の横断)」を決行しました。まず僕が先頭に立ち、グラグラと動く不安定な岩々に注意しながら進みました。時々足下の岩が音をたてて深い谷底に転がり落ちていきます。そんなガレ場を冷や汗かきながら慎重に進んでいるとき、ふと、頭上を見るとワイヤーロープが土の中から垂れ下がっていました。恐らく、なぎ倒された崖崩れ防止フェンスのワイヤーロープでしょう、僕は何気なくそのロープを掴んでしまいました。すると、何とそのロープがスポッと土から抜け出たのです。その瞬間、僕はバランスを崩して転落しました。よく、人が目前に不可避の死を感じたとき、一瞬のうちにその人の今までの人生が、頭の中に走馬燈のように駆けめぐると言いますが、僕もその時、確実な死を感じましたが、なぜか恐怖心は全くなく、斜面を転がり落ちながら頭に浮かんだのは、「弟も僕を見下ろしながら兄の死を覚悟しとるやろうな。うちのラーメン屋は弟が継いでくれるやろうか?僕の死体をこんな山奥から担ぎ出すには、里の人たちの手を煩わすだろうな。・・・それにしてもまだ死なんな。そろそろやろうばってん・・・。」こんなことでした。やがて僕の体は50メートルほど滑落して、斜面の土くれにぶつかって止まりました。僕はすぐに立ち上がり、弟に手を振って生存を知らせました。そして自分の体を確かめると、骨折どころか、かすり傷もないのです。岩だらけのガレ場を50メートルも滑落して、全く無傷というのは奇跡でした。まさに九死に一生です。上から見ていた弟が言うには、僕の体は回転し、岩と岩の間の土の部分だけを選ぶように落ちていたそうです。
 それ以来僕は思っています。人は自分で生きているのではなく、天に生かされているんだなと。僕が死ぬのは、その滑落事故のときではなかったわけです。久留米でラーメン屋をしなければならないという役目があったのですね。きっと人には色々な役目があって、それを果たし終えたときに、天は、その人を召し上げるのでしょう。 僕はまだまだ死にましぇん。