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第八十一話 免許皆伝

 ~免許皆伝~ この言葉は、武道や芸道の師匠が弟子に、その奥義を伝授することの意味ですが、ラーメン屋の僕もこの言葉を時々使います。それは将来の独立を夢見て頑張っている弟子(社員)たちに対して。
 僕の店の弟子たちは皆、よく頑張っていますが、そんな弟子たちも大きく分けて二種類います。一つは「大砲で仕事をするうちに、次第に惚れ込み、最後まで大砲に付いて行き、大砲に骨を埋めよう」と決心している弟子。もう一つは将来の「一国一城の主」を夢見て修行に励んでいる、独立希望の弟子です。今回はその独立希望者の話。
 先日、独立希望者であったH店長が大砲を卒業(独立のための円満退職)しました。彼は大砲で約十一年に及ぶ厳しい修行を経て晴れて卒業したわけですが、その際、僕は彼に「独立開業のための無償支援」を約束しました。要するにH店長が店を出すための物件選定のアドバイス・コンセプト・店舗設計・ロゴ・信頼できる業者の紹介・メニュー構成・その他諸々のコンサルタントを大砲が無償(一般のコンサル会社に依頼すれば数百万円)で行うということです。いわゆる免許皆伝です。過去にも同様のケースが何件かありましたが、何れもその卒業生は、うちの独立支援を経たのちも、立派に一国一城の主として頑張っています。しかし!勘違いなさるな読者諸氏。大砲で十年も勤めれば誰でも免許皆伝というワケではありません。それまでには沢山のハードルがあります。多くの人は「麺揚げ」と「スープ作り」さえうまくできれば、誰でもラーメン屋ができると思っているかもしれませんが、そんな簡単な世界ではありません。実際、入社後わずか一年で、僕の反対を押し切って退職し、独立開業した弟子(モドキ)がいましたが、その店は、これまたわずか半年で予想どおり潰れてしましました。修行年数と開業後の店の存続年数は正比例します。しかし僕が彼の独立を反対した理由は修行年数だけではありません。たとえばラーメン修行に必要なハードルが百あるとすれば、彼はたった一つ目のハードルを越えただけでソノ気になり、もっと大切な九十九のハードルを無視し、僕の手を振りきって独立したのでした。その後は当然の結果でした。
 ちなみにそのハードルの中身がどんなものかと言いますと、それらのハードルは大体三つの段階があります。まず初期のハードルは当然、麺揚げやスープ作りなどの体で覚える「技術」です。中期のハードルは頭で覚える「知識」と経営に係わる「技能」。そして後期のハードルは(最近、特にITやファンドの世界で見失われつつある)道徳的で正しい商道を身につけるという「精神」です。そして最後に最も大切なハードルがあります。それは「感謝」です。これが最終ハードルです。これを越えて初めて、大砲の免許皆伝となるのです。それは簡単なようでなかなか難しい。感謝とは言葉ではなく、自然に身について初めてその人の行動からそれが見えてくるものです。H店長は僕に独立の相談を持ちかけてからも、さらに二年、幾度となく開業のチャンスがあったにも係わらず、自らの判断で大砲の店の状況(忙しさと人手のバランス)を優先しました。それはこれ見よがしではなく、さらりとした自然な行動でした。僕はそんな彼の姿を見て、ついに最終ハードルを越えたのを感じました。いまH店長は大砲の免許皆伝の卒業生として、元気に夢の開業準備に励んでいます。