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第七十三話 初代熱風録・その5

 十数年に及ぶラーメン屋台から、昭和四二年、ついにオヤジは小さいながらも念願の「店舗」を持つことができました(現在の本店)。僕は小学三年生、今でもその頃のことはハッキリ覚えています。
 その店舗の立地というのは、町の中心部から外れた、古くて淋しい住宅地でした。屋台であれ”明治通り”という、まち一番の賑やかな商業地から一転、商売に極めて不向きな土地への移転ということは、当然オヤジは承知の上。それなりに覚悟していました。
 それは、こんないきさつがあったからです。
 屋台時代、我が家は六畳一間のオンボロ借家住まいでした。その家はとても古く、雨が降るたびに雨漏りとの戦い。狭い部屋のあちこちに空き缶を置いて、その隙間で食事したり寝たりするという家の中のアウトドア生活。梅雨の時期などは、雨漏りの湿気で畳が腐り、そこから白いキノコが何本か生えていました。僕は友だちを呼び寄せ、それを見せては「ほら~、ウソじゃなかろうが~。ホンナモンのキノコが、ちゃんと家の中に生えとろうが~」と、それを信じなかった上流家庭の子(現在A幼稚園のF園長)に自慢していました。
 オヤジと母は、そんな僕があわれに見えたのか「均、待っとれ。そのうちキノコの生えないふつうの家を建てるけん」と心に誓ったそうです(ついに僕の実名登場)。
 でも僕としては、雨の降る夜に聞こえる、空き缶に落ちる水滴のリズミカルな音色は、いい子守歌であり、白いキノコと共に好きな家でした。
 そんなある日、東の空が白み始める明け方、突然けたたましいサイレンの音で僕たち家族は目を覚ましました。皆で外に飛び出すと、空が炎で真っ赤に染まっています。火事です。すぐ近くの家がメラメラと音を立てて燃え上がっています。近所の人たちも皆外に出て、心配そうに火の行方を見守っています。母はなぜか枕を抱きしめて立ちつくしています。僕は怖いながらも、慣れ親しんだキノコの家との別れを覚悟していましたが、やがて消防士や消防団の皆さんの懸命の消火活動のおかげで、何とか火は収まり、家とキノコは焼かれずにすみました。
 ほっとしながら母を見ると、相変わらず枕を抱きしめたまま。オヤジは母を見て「火事場で枕ひとつ抱えて飛び出す慌て者のハナシはよう聞くばってん、お前はホンナコツそれを地で行っとるにゃ~、しかもそれは俺の枕ばい。げさっか~」と大声で笑い、近所の人たちもつられて笑っていました。皆から笑われた母は、何かを押し隠すようにただ苦笑いするだけでした。
 実はその枕が、その後の僕たち一家の危機を救ってくれるのです。