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第百十三話 幻の脚本②

前号からの続き

 先日、私のパソコンから消えていた映画「ラーメン侍」の脚本データが10年ぶりに復活した。それを機に前号より、脚本中のハイライト的な部分を紹介させていただいている。

 映画とは若干異なる部分を楽しんでいただけたら幸いである。(「*」はナレーション)

3 雨の降る日に

 雨にかすむ長屋。トタン屋根を叩く雨音が響く板の間では、昇がチャーシュー用の生肉をタコ糸で巻いている。傍らでは嘉子と昨夜の女が小さな黒板で筆談をしている。

 その向こうでは、唯一の遊び道具を取り上げられた光が膝を抱えて、恨めしそうに2人を見ている。足下の空き缶には雨漏りの滴が落ちている。半分消された〈鉄人28号〉の横に、嘉子がチョークで訊ねた文字がある。

〜生まれたときから〜
女はつたない字で答えた。
〜7つのときから〜
〜なまえは〜
〜き な こ〜 (聞無子)
昇がつぶやいた。
「ダンゴの粉か」
〜かぞくは〜
雨だれの音が激しくなった。
〜い な い〜
きなこは嘉子を見て少し微笑んだ。悲しみの底から滲み出るような美しさがあった。
軒下の〈オバQ〉のてるてる坊主が雨に濡れていた。

4 仕入れ修行

 翌日、雨はすっかり上がり、長屋の軒下の水たまりには青空が映っている。
*(光)『母ちゃんはお腹が大きくて仕事が大変なので、きなこ姉ちゃんは今日からうちで働くことになりました』

 「ただいまー」光は帰って来るなり、ランドセルを放り投げて黒板に向かい、様々な色のチョークが詰まった箱から、白い一本を取り出し、昨日消されかけた〈鉄人28号〉の絵の補筆を始めた。板面にはまだうっすらと、〜い な い〜の文字が残っている。

 黒板の横には畳の上に雨水が溜まった空き缶が残されており、畳の湿気で腐った部分から、小さな白いキノコが1本生えている。

 「父ちゃんときなこ姉ちゃんは?」黒板に向かったまま光が言った。嘉子は青ネギの束を新聞紙で包みながら答えた。

 「父ちゃんが仕入れの修行に連れてった」

 光の黒板の傍らには、なぜか竹製のメジロ籠の中に白いハツカネズミが1匹、まわし車を忙しそうに回している。籠には〈ジロキチ〉と書かれている。

次号へ続く

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