ラーメン今昔物語(29)  −愛の貧乏脱出大作戦・最終章− 

ラーメン屋のH.K 
          
 夜の合川店、その暗い駐車場の片隅にうずくまる黒い二つの影。いい歳したおっさんがウンコ座りで向かい合い、何やら話し込んでいます。S店長が帰ろうとする中山さんを必死で説得しているのです。
  テレビクルーはそんな二人を遠巻きに捉えながら、状況に変化があれば電話で僕に知らせるようになっています。 最悪の場合僕が駆けつけ、中山さんに対して最終的な結論を下すようになっていますが、僕はS店長を信じていました。
  しかし、二時間待っても三時間待っても、何の連絡もありません。 この修行に強い疑問を持つ中山さんのガンコな耳には、S店長の言葉はなかなか聞こえないのでしょう (そのガンコさで修行もやり通せばよいものを・・・)。

  夜もしだいに更け、やがて深夜も1時を過ぎた頃、突然僕の携帯が鳴りました。電話の主はS店長・・・・、そして一言。
「大丈夫です。中山さん修行続行です」

  僕は感動しました。それは、考え直してくれた中山さんに対してではなく、幾つも年上の、それも極限状態のガンコオヤジを 説得した若いS店長に僕は感動したのです。 かつて僕に反発し、僕の元を離れた経験を持つS店長は、中山さんに向かいながらも、本当は昔の自分の姿と向かい合っていたに違いありません。「何で俺たちの思いが解らないのか!」薄っぺらい言葉ではなく、相手のために本気になって心から訴えるS店長の魂が、極限状態のガンコオヤジの心を開かせました。

  翌日、修行三日目の朝。 中山さんは決められた時間よりも早く出勤してきました(ここからはテレビでご覧のとおり)。 彼は、昨日とは打って変わって、すべてが吹っ切れた顔をしていました。
  「二日間駐車場の整理やって、どうでした?」僕の問いに彼は答えました。 「正直言って、昨日はもう修行を辞めて帰ろうと思いました。でも今、やっとわかりました。この二日間の修行は、 お客さんへの“感謝の気持ち”これがテーマだと」僕は彼をじっと見ながら、目で伝えました。 “あなたが今一番感謝すべき相手は、S店長だよ” 「今から多久まで行こう」
  その場で僕は、中山さんの店で集中的な調理実習を行うことを決め、早速、食材・調理器具を 車に積み込んで、佐賀県多久市に向かいました。 残された修行期間はあと四日です。

  それから三日三晩、彼はもう何の疑問も持たず、徹夜の実習をひたすら頑張りました。すべてを受け入れた人間というものは、こんなにも劇的に成長するものなのでしょうか。 元々ラーメン屋として基本的な技術があるにしても、僕が独自に考えた“てぼ(麺の茹でカゴ)から放り上げた麺を、空中で素早く麺揚げ(柄付きの金網)で受け、湯切りする”という麺揚げのワザも、何とほぼ三日で マスター(テレビではこの麺揚げ実習シーンが最も話題になった)。
  同時進行中の“呼び戻し豚骨スープ”の基本調理も、何とかカタチにはなってきました。

  そして修行最終日“試食会”の日がやって来ました。審査員は僕たちTラーメンの店長をはじめ、社内歴戦の “豚骨ラーメンのツワモノ”たちです。彼らの厳しい舌を満足させなければ、この修行は不合格となります。 ・・・
  ところが!中山さんはやりました。 この日、親父のために駆け付けて来てくれた長男と二人で、見事に素晴らしいラーメンを作り出しました。 審査員たちは満足し、まずは合格のようです。 感激している中山さんに、僕は最後に言いました。 「俺達は今日、久留米に帰る。明日からは中山さんは一人になる。それから中山さんの本当の修行が始まるんやけど、呼び戻しスープは、そんなに簡単なもんじゃなか。ばってん、これも縁、中山さんとはずっと付き合う覚悟がある。 その意味で、俺の新しい外弟子の一人として“合格”」と。  

  かくして中山さんの愛の貧乏脱出大作戦の修行は終わりました。修行後の新装開店の日の売上は、 目標の三倍を記録しました。
  収録のスタジオでは、みのもんた氏やゲストたちが、VTRの中の「達人に感謝、お客さんに感謝、そして息子に感謝」という、 そんな中山さんの姿に感動して涙ぐむという場面もあり、スタジオの一般参加者に対するアンケートでは、 なんと全員が“合格”のパネルを表示するという(前代未聞?)、感動のラストでこの番組は終了しました。

  放送後三ヶ月を過ぎた現在も、多久の大将ラーメンは、修行前の十倍近い驚異的な売上を維持しています。 S店長や、その他の店長も、時折自分の公休を潰して(僕の知らないうちに)多久までスープ指導に通っているようです。 有難いことです。
  この番組をとおして、僕は思いました。 本当の“達人”は、テレビにほとんど出ることのない、この店長たちなのだと。

− 次号 乞うご期待 −